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デザイン観光ガイド d design travel
ロングライフデザインをテーマに活動する私たち D&DEPARTMENT PROJECT が、47都道府県それぞれにある、その土地に長く続く「個性」「らしさ」を、デザイン的観点から選びだして、観光ガイドとしてまとめたものが「d design travel」です。
編集の考え方。
- 感動しないものは取り上げないこと。本音で、自分の言葉で書くこと。
- 問題があっても、素晴らしければ、問題を指摘しながら薦めること。
- 取材相手の原稿チェックは、事実確認だけにとどめること。
- ロングライフデザインの視点で、長く続くものだけを取り上げること。
- 写真撮影は特殊レンズを使って誇張しない。ありのままを撮ること。
- 取り上げた場所や人とは、発刊後も継続的に交流を持つこと。
取材対象選定の考え方。
- その土地らしいこと。
- その土地の大切なメッセージを伝えていること。
- その土地の人がやっていること。
- 価格が手頃であること。
- デザインの工夫があること。
発刊の想い。
これからの世代のみんなが、
日本中と交流をするためには、
「デザインの目線」がとても
重要になっていくと考えます。
それは、長く続いていくであろう
本質を持ったものを見極め、
わかりやすく、楽しく工夫を感じる創意です。
人口の多い都市が発信する
流行も含めたものではなく、
土着的でも、その中に秘められた「個性」-
それらを手がかりとして、
具体的にその土地へ行くための
「デザインの目線」を持った観光ガイドが今、
必要と考え、47都道府県を一冊一冊、
同等に同じ項目で取材・編集し、
各号同程度のページ数で発刊していきます。
d design travel 発行人
ナガオカケンメイ
1965年北海道生まれ。2000年デザイナーが考える消費の場を追求すべくデザインとリサイクルを融合した新事業「D&DEPARTMENT PROJECT」を開始。2009年d design travel創刊。
d design travel シリーズ 一覧
47の日本を1か所ずつ特集していきます。
旅が繫ぎ、アートする香川。
台風や雨雲は山々に遮られ、天災の少ない香川県。讃岐・瀬戸内という恵まれた暮らしは、一方で自らが生命線だった。アートやデザイン、うどんやお遍路 ── 今は、「路」が町と町、島と島を結び、「旅」が人と人を?いでいる。それが自ずと香川という小さくても偉大で、美しさに溢れた県を形づくっていた。

みんな共に生きている。高知は明るい。
北に四国山地、南に太平洋。どこにもない唯一無二の大自然県・高知。明るく楽観的な土佐の「おきゃく」に、信念を貫く県民性「いごっそう」と「はちきん」。今いるヒトと、今あるモノで、幸せはいくらでも生むことができる。みんなで歌おう、みんなで笑おう。そう、高知県のデザインは伝えているようだった。
岩手は、歩き、進み続ける、光。
目に霞む、雪や霧のように、民話や神話、岩手の人々の中にある創造の世界。一歩踏み入れればそこは、宮沢賢治の描いたような“理想郷"なのかもしれない。見えないベールに包まれ、大切に守られてきた「光」。岩手の人は、今も夢や希望を心に抱き、強く、未来に向かっていた。その歩み続ける意志こそ、岩手県らしさだ。
おおらかで自由。千葉に受け継がれる“開拓心”。
海を渡ってきた移住者によって開墾された房総。自然や人を寛大に受け入れ、一方で文明とともに発展した東京湾沿岸の近代都市。千葉県には、それらを暖かく見守る、“多様性”があった。古来より、受け継がれてきた“開拓心”とも言える、自由で豊かな創造力ーーそれが“千葉らしさ”。
群馬県は、 日本人の心の中に 描かれる「ふるさと」。
ふるさとと聞く時、誰しも思うでしょう。ふるさとがあるっていいな、 と。 何ものにも邪魔されず、自分たちのペースで考える幸せ。いつまでもずっと都会のようにならないでほしい、と。群馬には独自の生活スピードがありました。そして、 それは日本人が思い描く「ふるさと」にとても近い気がしました。
埼玉の「何もない」は、謙虚さと美意識に溢れていました。
埼玉には何もない。取材を始める前から、特に埼玉に住む人々からそう言われました。ですが、埼玉に住むように通い、多くの「手付かずの自然」に人の意思を感じるようになりました。護岸工事されていない多くの川岸や、道沿いに間隔を置くように現れる雑木林。埼玉の人々が言う「何もない」の何と粋な事か……。
奈良県は道。私たちが歩んできた道。
奈良県には、どのようにして「日本」がつくられていったのか、そんな大それた事を、当たり前に理解できる場所があり、そこへ行くための道がありました。その道を歩んで辿り着く場所は、どこも感動的に美しいのですが、そこから振り返って見える、自分が歩んできた道と、遠く離れて見える“日常の町”の方が、さらに美しく、そして愛おしく見えるのです。その事に、奈良県の旅は気づかせてくれます。
子供の頃と少しも違わない友達みたいに
古い名建築、独特の名物料理、愛らしい喫茶店……愛知県には、僕たちが気づかぬうちに忘れたり、捨て去ってしまったような、心から好きだと言えた場所や物事、風景、そして心情が、今も生き続けています。それらは延命されているというよりも、これからお楽しみが詰まった一生が続いていく、子供たちのように元気に。無邪気に。
個々に、自分自身で、光を灯す。岐阜県は、明るい。
飛騨と美濃の二国に分かれていた広い県土を有し、現在もハッキリとそれぞれの個性が、気候にも料理にもデザインにも、表れている。それぞれの地域の、それぞれの町で、その土地ならではの固有の問題を“何かをつくる事”で、固有の財産に転換する。他所の誰かに光を当ててもらうのではなく、自ら光る、明るい県だ。
鳥や魚や獣たち、そして人間が共にデザインする滋賀県。
滋賀県の美しさや豊かさは、今を生きる自分たちだけではつくる事ができない。40万年前からこの地に横たわる琵琶湖や、その周りをぐるりと囲む山々や大地に根付き、棲む、あらゆる生き物たちが、それぞれの役割を果たし、繋がり合って、潤いを分かち合っている。世界のどこにもない固有の県だ。
京都は、京都のスピードとリズムで、自ら変わっていく。
権威や経済力を振りかざす支配者や他所者、人の物を取ったり奪ったりして富豪になった者などに、京都の人々は京都を譲らない。川や、通りのように、長く、細く、過度に盛る事なく、決して衰えもしない、"自分達の時間の刻み"を、10年、100年、1000年、守っていく頑なさ――それが「京都らしさ」だ。
"小さく分"かれている、"大分"県
大分県の人々は、皆で一色になることがない。絶対にAがいい人と、絶対にBがいい人とが、そうだそうだ!違う違う!と、やり合っているうちに、Cが現れ、次いでDも現れる。そして、どれもが淘汰されずに、A、B、C、D、全部が残る。古い物も、便利な物も、大切なものも、くだらないものも、夢も、現実も、絶望も、仏も、地獄も、何一つ捨てず、反対し、抵抗し、葛藤して、大分県が勝ち取ったもの――それは、「共存」だ。
「スロー」でも「ロハス」でもなく、山形県は「うけたもう!」
羽黒山伏たちは、修行で山に入ると、先達に何を命じられても返事は「うけたもう!」のみ。何事も受け入れて、混乱や拒否はしない。山形県は、現在の様々な問題を長のばしさせずに、過去から培ってきたものを生かして応用し、じっくり時間をかけることもあるが、それまで以上の未来を確実に実現させていく。一見、のんびりしているようにも見えるが、絶対に負けない、力強い県と県民だ。
やっぱりロックンロールやね。
福岡県は、論客、用なし。自分が本当だと信じることを追求し続ける。インディーズであろうと、頑固に、正直に、もう明日なんて来ないみたいに一所懸命に――そういう人のことを、〝山笠に生きる博多の人々〟は「のぼせもん」と呼ぶ。格好いいとか、センスがいいとか、勝負に勝てるかなどは、本筋ではなく、大切なのは、「のぼせられるか、どうか」だ。
佐賀県には夢がある。
佐賀県には、多くの、古い、物や事、技術、自然が、遺っています。ただ古いだけじゃなく、それらは今も生き生きとして、当時のままに蘇ったり、新生したりします。祭り、焼物、遺跡、食文化----そこに必ずデザインがあり、昔の人も、現在の私たちも、未来に生きるだろう人も、なんとなく繋がっている気がする。知れば知るほど、本当、夢みたいな土地だった。
どうしようもないほどの大自然がデザインしてくれた都市。
富山湾に流れ込む7つの大河川、そして立山連峰――固有の地形を持つ大自然の脅威と恵みのどちらをも味わってつくり上げた"自分たちの環境"を、流行や権威などに奪われることなく保ちたい。一言でいうと、ピュア、もしくは、ナチュラル――富山県のデザインは、地下深く染み込んで都市に湧く純水のようだ。
沖縄は日本の「観光」の未来を探る先達だと思う。
悪弊を隠すのではなく、日常の中で見せて伝える。そして、無闇にわかりやすくするのではなく、等身大のまま見せて考えてもらう。沖縄に自然体を感じるのは、そのやり方を熟知しているからだと思う。そして、現代人が沖縄に魅了される強い理由は、実は、そこにこそあると思う。
「詩」の座布団に座って、新しさを考える。
どんな旅でも、どんなことでもそうだが、「その根底に何があるか」がとても大事だ。いろんな取材先に思いを巡らせてみて、そして、思った。山口県のさまざまな底には「詩」があるなぁと。時には、それを「文化」と呼ぶのかもしれないが、山口県は「詩」の座布団を敷いて、その上に座り、いろんなことを考えて実行する、素敵な場所だと僕は思う。
実は、揺らぎのない意思を持つ東京。
江戸の古地図を思考のベースに据えて、現在の東京を見ると、何も考えないでつくられているかのような東京の街が、少しだけ愛らしく見えてくる。そして、そんな想いで東京全体を眺める時、「東京らしさ」がぼんやりと見える。30年間、特に意識しないで暮らしていた街「東京」の理由が、今更ながらに、猛烈に面白くなってきた。
山梨はどこにも似ていない。
日本のほぼ中央に位置し、甲府盆地の他は、その大部分が山である。おいしいパン屋も、よい温泉宿も、信じられないくらいおいしい蕎麦屋も、道路に小さな看板を出すくらいで、他に何もしない。山梨はどこか控えめながら、わかる人にだけ理解されればいいのさと、清く清しく笑っているような県である。
その土地の生態系を意識したい。
栃木県は、南東北だ。豊かな自然と東京へのアクセスのよさ、その両方を併せ持ちながら、独特のバランス感がある。海のない栃木は、山と川と土と、太陽と四季と農産物。都会的で奇抜なクリエーションはないけれど、何か腹の底からジーンとくる、根源的な創造力を持っている。
静岡の「やらまいか」は日本じゅうの勇気の手本です。
川による舟運、海による海運、港、街道。それらによる政治、産業、教育。宿場町や城下町、港町として栄え、戦争や高度経済成長で重化学工業が発展した静岡。そして大地震……。鍛えられた静岡は、日本を支える企業や人材を数多く生んできました。「やらまいか(やってみよう)」。やってみないとわからないじゃないか。やってみる前から議論しても、新しい気づきはないよ、という県民性。この素晴らしい心の開き方こそ、静岡らしさなんだ。
改革と教育の県のように思う。
養蚕業で日本一の業績を誇った自信と、8県に接する地域ごとの文化・風土。それらが輸送技術でつながると、地域ごとの異文化を認め合うバランスを手に入れた。長野オリンピックを機に新幹線が開通すると、「長野は東京だ」と宣言。2000年には「長野から日本を変える」と言い出す。長野は、とにかく改革の話題が多いのだ。
意気でおもろいところ。
真面目に働いて、永く商売を続け、励まし合って、みんなで生きている街。よく大阪の人は、「大阪でデザインなんて格好つけてたら、食べていけない」と言う。大阪のデザインは、だから「わかりやすい」ことが前提にある。それは、「商売」に使えなくては意味がないからだ。
鹿児島は、大きな島であり"舟"のよう。
目の前に広がる海の"向こう"に、豊かな未来を夢見てきた鹿児島人。個性が外と行き交い、他にはない、県で一つの大きな文化をつくってきた。時代というあらゆる波を超え、宇宙とだって交信する〝海洋国家・SATSUMA〟。どっしり桜島に見守られながら、日本を牽引する〝舟〟のようだ。
北海道は大きい。
いろんな日本の土地を巡ってみて思う。北海道は大きい。そんなことはわかっている、と言われそうなこれを、ベースに置くか置かないかで、北海道の楽しみ方が大きく違ってくる。若い人の考えも、建物の建て方も、時間の使い方も...。
d47 design travel store
d design travel編集部は47都道府県を取材して巡る道中、その土地の人達がつくる魅力的なものに触れる機会が多くあります。そんな中で出会ったつくり手の想いと、編集部が感じた魅力を伝え販売するのが、d47 design travel storeです。
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