書籍『つづくをたべる食堂』著者インタビュー

Interview

書籍『つづくをたべる食堂』著者、ディレクター相馬に、執筆のきっかけ、進化し続ける郷土料理のおもしろさを聞きました。

聞き手:田邊直子(D&DEPARTMENT PROJECT・本書の編集担当)

書籍『つづくをたべる食堂』

 

なぜ今、本を書くことに?

相馬  渋谷ヒカリエに2012年にオープンした「d47食堂」も開店から10年が経ちました。実は数年前からD&DEPARTMENT PROJECT内で「d47食堂」の本を書いたほうがいいよ、という話があがってはいたんです。

最初は「d47食堂」で提供している郷土料理のレシピ本を出すことも考えていましたが、なにか違う、と思いました。

渋谷にある「d47食堂」と、メイン料理の県別の定食

 

──  飲食店の本なのに「レシピ本にはしない」ということは、かなり早い段階で決めていましたね。

 

相馬  そうなんです。すでに素晴らしい郷土料理の本が存在していた、ということも理由のひとつです。

「d47食堂」のメインの料理は、一つのお盆で提供する県ごとの郷土料理の定食。1つの県の定食をつくる前には必ず、料理人とフロアスタッフと僕の3人が、現地の風土・食材・郷土料理などの食文化を、旅をして取材し、現地の郷土料理をつくれる方につくり方を教わったりしています。

そんな取材の事前勉強に欠かせないのが、『日本の食生活全集』47都道府県の聞き書シリーズ(農山漁村文化協会刊 1993年)なんです。

d47食堂の本棚にずらりと並ぶ、47都道府県分の『日本の食生活全集』

 

『日本の食生活全集』は、実際にその土地で暮らす、おばあさんたちから聞き取りをした郷土料理が県別に紹介されているのですが、面白いのは、料理だけでなく、歴史や地理、暮らし方など、料理の背景にあたる環境や人々の営みまで書かれていること。

僕たちも、『日本の食生活全集』シリーズのように、料理を文化と捉えながら、今の時代にはどうなっていて、そして未来につづいていってほしいものは何だろうか、そのためには何が必要だろうか、と考えることを大事にしたいと思いました。

 

──  現地取材に行くと、『日本の食生活全集』シリーズで紹介されていた郷土料理をつくれる方がいなくて、食べられない郷土料理も多々あるそうですね。

 

相馬  はい。現地で郷土料理をいただくとき、つくり手は80歳代だったりすることも多いんです。今日、僕たちがつくり方を教わり、実際に味わうことができた郷土料理も、あと20年、30年たつと、そんな機会はなくなってしまう。

一方で、保護するべき伝統産業のように郷土料理を扱うことも違うな、と思いました。

郷土料理が、その土地の環境や社会の変化を受けながら進化してきたことを思うと、郷土料理は保護するより、むしろ進化を続けてこそ、生き残っていく文化なんじゃないかと。

だから、僕たちが各地でつづく郷土料理のどこに魅力を感じているのか、このとんでもない可能性を秘めている郷土料理についてどう考えているのか、を一気にまとめることにしたんです。

写真『つづくをたべる食堂』中ページより

 

郷土料理は「現在進行形の料理」

 

──  私も編集をしていく早い段階で、郷土料理の見方がガラリと変わりました。とはいえ、一般的に郷土料理は、「懐かしいもの、田舎のおばあちゃんの手料理、昔ながらの変わらない味」というイメージが強いと思います。

 

相馬  そうですよね。僕も10年前の「d47食堂」立ち上げのころは、郷土料理は守るべきもの、と捉えていましたが今は違います。

「d47食堂」をはじめ、D&DEPARTMENT PROJECTの飲食部門の強みは、実際に自分たちの足で現地や生産者の方々を訪問して、景色を見て感じ、収穫し、お話をうかがい、つくっている様子をそばで見て、食べていること。

10年近く取材を続けていると、いろいろなことが肌感覚で分かってきます。

厳しい風土を生き抜くサバイバル的な郷土料理もあれば、海外の料理を日本の料理にしてしまった郷土料理もあり、店の創意工夫で生まれた、なんだかキッチュでかわいい郷土料理もあったり。

郷土料理は日々進化している現在進行形の料理で、本当に自由で楽しいものなんです。

フィールドワークに近い自分たちの10年の現地取材を通して、郷土料理について感じたことが僕たちの原点。今回書いた書籍『つづくをたべる食堂』は、10年間で実際にやってきたことと、考えてきたことを整理する意味もありました。

写真『つづくをたべる食堂』中ページより photo : Yuji Yamazaki(右写真)

 

──  郷土料理の手法や、地域の固有の食材に注目する流れは、モダンな最先端のレストランのシェフたちをはじめ、以前からありました。それらと「d47食堂」との取り組み方との違いはなんでしょう。

 

相馬  ローカルな調理法をヒントにしたり、ローカルな野菜や発酵食品に光をあてて、現代的で素晴らしい料理を振る舞うガストロノミーの世界では、ローカルの要素をエッセンスとして、自分の料理に取り込んだり、活かしたりしていることが多いと思います。

「d47食堂」では、郷土料理の形をつくった、その土地の風土や歴史、暮らしの知恵そのものをおもしろい、と捉えています。取材をした上で行う県別の定食の編集や、「d47食堂」という店で実際に味わっていただくことを通して、その土地の人の暮らしの「原点」を伝えることを大事にしたいですね。

 

忙しく追われる飲食店の日常と戦いながら、やり続ける。

 

──  「d47食堂」の原点を紐解く上でも、『つづくをたべる食堂』の1章では、ディレクターの相馬さんに「d47食堂」が今の姿になるまでを詳しく書いていただきました。

「d47食堂」は、旅をして定食を編集していること、勉強会やワークショップの開催が多いこと、展覧会の企画もするなど、一般的な飲食店を越える動きをしているので、ぜひとも本の中に入れていただきたいパートでした。

写真『つづくをたべる食堂』中ページより photo : Yuji Yamazaki(左写真:上、左下 右写真)

 

相馬  1章は、店としてどういう気づきや考えに出会い、自分たちらしさを見つけてきたのかを書いています。まだまだ成長途中の日進月歩を綴りました。

「d47食堂」が他の飲食店と違うことのひとつは、もしかしたら、僕が料理人でもなく、飲食業界出身でもなく、ディレクターという立場で関わっていることかもしれません。そこで、僕が考える飲食店のディレクターの役割や、郷土料理との出会い、「接客マニュアルはつくらない」と決めた理由など、「d47食堂」が今の形になるまでを、包み隠さず書いています。

2章では、各地を車で巡って取材した日々で得た、郷土料理のおもしろさをジャンル別に。実際の取材の様子や雰囲気を、たくさんの写真とともにお伝えしています。

3章では、各地でがんばっている仲間(先輩)から学んだ大切なことを書きました。無添加や、無農薬や、手づくりや、自家製やら、数多あふれるキーワードを鵜呑みにして判断するんじゃなくて、本当に会って話を聞いて、現場を見て、僕たちが彼らと関わりつづけたいと思った理由を書いています。

気づきは、今の僕たちを取り巻く社会の変化と見比べることで生まれると思います。各地につづく食文化を取材したのは、今の僕たち。『つづくをたべる食堂』では、今までに、気づいたこと、学んだことをまとめているので、たとえば10年後、世の中が今と変わったら、全く違う視点を持って、新しい何かに気づいているかもしれない、と、書きながら思いました。

写真『つづくをたべる食堂』中ページより

 

豊かさを感じる「食」って?

 

──  インスタントやレトルト食品や総菜、シンプルな料理から、高級食材や凝った調理法、料理に最新の科学を取り入れたものまで、いろいろな振り幅の「食」であふれています。10年以上、「d47食堂」や、D&DEPARTMENT PROJECTの飲食事業を担当してきて、どんな「食」が豊かだと考えていますか。

 

相馬  ごく普通のことなんですが、自分の地域でとれる食材を食べることができれば、それが一番だと思っています。

2年間ほど北海道・根室と、東京の二拠点生活をしていたのですが、根室の家のそばのスーパーにも、日本中から農作物や食品が届いて、食べることができました。本当に便利でありがたいことなんですが、なんだかちょっと寂しい。

ときどき、根室の漁師さんから、大きな生鮭や太刀魚、東京ではあまり食べない根昆布をたくさんいただくことがありました。今日食べない分を冷蔵・冷凍するにしても、食べ方のバリエーションがないと、最後まで食べきれない。漁師さんが、地元ではこんな食べ方があるよと、いくつか料理を教えてくれたんです。根室の地元食材の花咲蟹や、行者ニンニク、山ワサビなどと組み合わせた食べ方もあって、料理をしてみたら、それはそれはおいしくて。

 

──  それはいいですね。料理を教えてくれた漁師さんのお顔や人柄も思い浮かべながらいただくから、なお、おいしそう。逆に、どこに住んでも、どこへ旅しても、ほぼ同じものを食べるしかなくなったら、「食」の楽しみや、食べたときの思い出は今よりずっと少なくなってしまいそうです。

 

相馬  その土地の食材を、その土地の食べ方で、その土地の食文化を丸ごと感じながらいただけることは、そこに滞在する楽しさや喜び、暮らしたい理由にまでなり、すごくおもしろく、豊かなことなんです。

10年以上つづけてきた各地の食文化を取材する旅や、目まぐるしくも手応えのある渋谷の定食屋としての日々を通して、郷土料理の可能性や奥深さを実感してきた僕たちだからこそ、郷土料理から、今の時代に学ぶことが多くあることに気づいてきました。

料理は文化そのもの。文化は常に時代とともに進化し続けていくもの。だからこそ、進化系としての郷土料理のあり方を、これからも学び、伝えていきたいと思います。

写真『つづくをたべる食堂』中ページより

 

相馬夕輝

D&DEPARTMENT PROJECTディレクター・「d47食堂」ディレクター

1980年生まれ。D&DEPARTMENT OSAKA店長、ストア事業部門ディレクターを経て、飲食部門「つづくをたべる部」ディレクター。全国を取材し、その土地の食文化を活かしたメニュー開発や、イベント企画などを手がける。2016年より「渋谷のラジオ」内番組〈SHIBUYA d&RADIO〉パーソナリティー。2021年、滋賀県長浜市に発酵食文化が体験できる複合文化施設「湖のスコーレ」を、「くるみの木」石村由起子氏と共同プロデュース。

書籍『つづくをたべる食堂』

旅する定食屋「d47食堂」の立ち上げからの10年を、ディレクター・相馬夕輝が包み隠さずご紹介。

日本各地の郷土料理や食材を取材する旅や、渋谷で営む定食屋の日々を通して、食文化を丸ごと味わう郷土料理のおもしろさを写真とともにお伝えします。
書籍には、d47食堂スタッフが愛してやまない、7つの郷土料理をご家庭でつくれるレシピブック、各地のD&DEPARTMENTの飲食店で使える「コーヒー or オリジナルクッキー チケット」が付いています!