深澤直人著 『ふつう』 発刊によせて

民藝もサステナブルも、
そして、ロングライフデザインも、
ひとことで言えば“ふつう”です。


デザインが大好きな人なら記憶に残っていると思います。
深澤直人というデザイナーの出現(笑)を。僕もそんな一人でした。

デザイン関係者の注目の一つ、アメリカのデザイン事務所「IDEO」。その日本法人が立ち上がるということ、そして、代表者であるデザイナーの深澤直人さんに、日本中が注目した頃がありました。その後、日本デザインコミッティーや無印良品、武蔵野美術大学など、活動の範囲をさまざまに広げていく深澤さん。そんな初期の頃に、dは「VISION'D VOICE」というクリエイターのインタビューCD(現在もiTunes Storeでダウンロードして聴けます)を企画し、注目のさなかにいる深澤さんにお願いし、僕がインタビュアーとしていろんな質問をしていく中で、また、デザイン誌『アイデア』特別号としてD&DEPARTMENT PROJECT特集号を作る話が上がった際、版元の誠文堂新光社から「深澤直人さんと巻末対談したらどうか」という提案もあり、お会いしていく中で、深澤さん自身が自分の作風について「ふつう」というキーワードを発したのが、大きなきっかけでした。

その後、深澤さんは世界中で活躍されるわけですが、ここで生まれた「ふつう」という言葉も、深澤直人さんを代表して言い表す言葉、また、ご自身も積極的に使う言葉として広がっていきました。

その後、僕らdは、ロングライフデザインを紹介する小冊子『d long life design』を隔月刊誌として発刊。この中で深澤さんに連載をお願いしたところ、快く引き受けてくださり、その後の『d design travel』へと連載は引き継がれ、この度の書籍化となりました。

おそらく、連載開始後、猛烈に忙しくなっていく深澤さんでしたが、この「ふつう」という言葉や、この連載にそのことを一話ずつ書くという行為を通じて、よりご自身を整理し、考え方を際立たせていかれたのではないかと感じます。

そして、ジャスパー・モリソンさんとの「スーパーノーマル」展(2006年) や、1997年から始められたデザインワークショップと展覧会「WITHOUT THOUGHT」などでも「ふつう」という考え方は発展していきます。

ちなみに、スーパーノーマル展の展示品の多くはdの取り扱い商品から選んでいただいたり、WITHOUT THOUGHT 6では、展覧会の会場にD&DEPARTMENT TOKYOを使っていただいたりと、「ふつう」という言葉のご縁は続き、深められていきました。

連載が進むにつれ、多くの出版社から「あの、連載を書籍にしたい」という申し出をいただくようになりますが、深澤さんに相談すると「これは、ぜひ、dから出したいから、お断りしてほしい」と。その頃、まだ現在のような「D&BOOKS」という出版事業部はありませんでしたので、僕らにとっても「いつか自分たちの会社の中に出版部を作り、深澤さんの連載を書籍化し、そこから出せる日が来たらどんなに素敵なことだろう」と、夢と大きな目標となり、私たちにとっても「ふつう」は、大きな指針になっていきました。

とにかく忙しい深澤さんに、定期刊行物に連載を毎回ちゃんと書いていただくのは、かなり毎回、緊張することでした。しかし、先ほど書きました通り、深澤さんご自身にとっても、この「連載」は大切なものであったと思うのです。と、言いますのは、忙しい最中でも、毎回、読み応えのある深澤さんならではの切り口、思考が読み取れるものとして編集部に届くその状態は、一つ一つが丁寧に記され、一歩一歩、書籍化の階段をみんなで登っていく気持ちにさせてくださるものでした。

いよいよ、書籍化は進み
巻末対談をするために
NAOTO FUKASAWA DESIGNへ。
なんだか、ゴール間近のアスリートのように、爽やかだった深澤さん。
そして、心なしか、僕ら以上に嬉しそうでした。

書籍の巻末に締めくくりの対談を載せることが決まった日から、いつか深澤さんの事務所でのこの日をずっと想ってきました。事務所は何度かお邪魔したこともあり、これまではあまり緊張することもなかったのですが、この日だけは、特別な想いもあり、そして、深澤さんにもそんな表情がうかがえて、本当に和やかに、楽しく対談を終えることができました。

書籍タイトルが「ふつう」と決定した時から構想していた布張りの装丁の束見本を見ていただくと、多くを語らず「いいね」と。とにかく信頼をいただき、僕らがしたいようにしていい、という雰囲気は随時あり、このアイデアは確認のメールの段階から、OKをいただいていました。問題はこちらが考えた表紙を布で張り、その小口を折り返さないで断ち落としたように仕上げるというこだわりが、実はとても難しく、書籍製本のほとんどは、それが出来ないのと、美しく仕上がらないために、厚紙の表紙を布でくるむようにして、仕上げます。

どうにかそれができたのは、京都の表具屋さんとの偶然のつながり。書籍の装丁のことばかり考えていたので、まさか掛け軸の技術が応用できるなどとは想像もしていなかったのです。そのアイデアもとても気に入っていただきました。

話を少し戻しますが、タイトルが「ふつう」と決まった瞬間から、今回採用した布張りの装丁が頭に浮かび、これ以外は考えませんでした。もちろん、「ふつうの本」「ふつうの装丁」など、書籍としての「ふつう」さも考えていくのですが、それ以上に完成した本が多くの人の手に届き、表紙をめくる時の様子、手の上で指が感じる質感を考えていくと、どうしても布でありたいと思いました。

紙ももちろん耐久性など、ロングライフな素材ですが、それ以上に年月を過ごしてほしいというイメージから、服やカーテン、ラグやエプロンのような、日常をずっと長く一緒に暮らすふつうな素材としての布を選びました。やがて日に焼けたりして、背表紙が変色したりしていくその様子をまとった「ふつう」という言葉とその本。この先のいかなる時代にあっても、変わることのないテーマを記したものとして、ずっと存在してほしい願いを込めています。

深澤さんはやがて日本民藝館館長へ。
私たちdも、小冊子を復刊し、
民藝の興味は増すばかり。そして、何が「ふつう」かが問われる。

ふつうって、ロングライフデザインのことでもある。
そして、民藝のことを言っているようでもあります。

僕らdは「ロングライフデザイン」をテーマに活動して、2020年の今年で20年目。最近では地球温暖化などの諸問題から「サステナブル」という言葉をよく耳にするようになりました。そして、個人的にも関心が深まる「民藝運動」。連載「ふつう」スタート時には深澤さんが日本民藝館の館長になるとは、全く想像をしてはいませんでしたが、そうなることを聞くと、こんなに当てはまる人間像も他に見当たらないと思うのです。つまり「ふつう」と「民藝」は出会いました。

そして、私たちdもここ最近「サステナブル」という言葉が気になり始めます。持続可能な……という意味ですが、自然由来のエネルギーを使うというところから「無理なく続いていく」という考えは、当初、プロダクトデザイン用語に近かったグッドデザイン賞の一部門名でもあるロングライフデザインが、時代と共に変化して、まさにサステナブルと出会う感じがあります。

生活の中から生まれた雑器に美しさを見つけ出した柳宗悦は、その後、その美の様子に名を探し「民衆的な工藝の美」、民藝とします。ふつうに暮らすその中で、何度も使っていくうちに改良や生活に馴染む色や仕上げが加わり、その健やかさから、そこに美が芽生え始める。誰かの作為的な心はそこにはなく、長くふつうに暮らす中から出てきたデザイン。サステナブルにも「健やかさ」や「ふつうに継続的に暮らす」という感覚がある。

ロングライフデザインは健やかに長く続いてきた造形であり、それは民藝にも通じ、サステナブルであり、あえて一言で言うと「ふつう」なんじゃないかと思うのです。ここにきて、この4つのキーワードは重なり合う。重ならざるをえないとても大切な時代としての今ではないかと感じます。

簡単に言えば「何がふつうなのかを考える」時代なのだと思うのです。

2000年頃、深澤さんはこう言っていました。「“ふつう” が “ふつう”ではなかったから、“ふつう”という言葉は注目された」と。そして20年を経た今、まさに地球環境やテクノロジーの激変の世の中にあって、誰しもが確かな価値軸を求め始めている今、また「ふつう」とはどういうことだといいのか、何を持って「ふつう」じゃなくなったのか、などと「ふつう」について、考え、そこから生活の価値を整理し、新しいものを作り出す指針を探らないといけない時代が来るのではと思うのです。

約20年をかけて、この本『ふつう』は現代に改めて産み落とされようとしています。あらゆる人が「デザイン」に関わる時代に、ぜひ、深澤さんの視点でもある「ふつう」を、思考の中に取り入れて、健やかな未来を創造できたらいいなと、思います。

ナガオカケンメイ
(書籍『ふつう』 「発刊によせて」より)

*ポートレート写真撮影:山中慎太郎(Qsyum!)


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