d news aichi agui生産者ツアーレポート

d news aichi aguiの店舗は、元・機織工場の跡を活用します。北向きの窓とのこぎり屋根の風景は、かつて機織りで栄えた阿久比町の象徴的な建物の一つです。全国的に綿織物の需要が増えた時代の後押しもあり、最盛期には、阿久比町内で70件あまりの機織り工場が稼働し、布を織っていました。知多半島全域で織られる「知多木綿」の歴史は古く、江戸時代初期まで遡ります。知多半島は東西を海に挟まれた地理的条件もあり、知多木綿は江戸へと運ばれました。晒木綿としてその白さと風合いが好まれ、最高品質とうたわれたこともあるそうです。

現在町内で稼働するのは、たった2件となってしまいましたが、今でも、伝統を大切にしながら、時代の変化に柔軟に対応しながらものづくりを続けるつくり手がいます。そんな知多木綿と縁のある場所を、訪ねました。

 

明治時代に開発された 旧式の織機を改良し新しい織りに挑戦し続ける織元 「新美株式会社」

今回訪れた阿久比町内の織元、「新美株式会社」は、手ぬぐいや浴衣生地につかう「小幅」と呼ばれる生地を中心に織っています。布の“耳”がピシッとそろった様が気持ちよく、明治時代以降量産されたシャトル織機でゆっくりと織られた柔らかな風合いが魅力です。

 

生地を織る織機の風景を見ながら、検反エリアへ向かうと、様々な生地が出荷を待っていました。

色付きだったり、刺し子だったり、糸や織り方の違いで色んな表情を見せる生地の風景に一同、ワクワクが止まりません。

 

全国各地の多様なニーズに応えられる秘密はこちら。織る前の準備「経通し」という作業と、機械を直したり、改良しながらモノづくりへの情熱を傾ける新美社長の姿勢です。

日々生地を織る過程で擦り減る部分を、自らの手で溶接し、元の姿に近づけながら、大切に旧式の織機を使い続けています。

さて、ただいまファッション担当の“久恵”さんと、新美さんのところの生地を使った、d news aguiオリジナル商品も開発中です。お披露目まで、どうぞ楽しみにお待ちくださいね!

 

動物の毛から最新素材まで、糸から生地開発に取り組む「東洋織布株式会社」

阿久比町から、南へと20分行った武豊(たけとよ)町。ここに高級紳士服の芯地をメインに扱う、生地の製造会社である「東洋織布株式会社」があります。こちらは、綿織物に限らず、様々な素材を生かした生地を開発・製造しています。どんな種類の布があるのか、さっそく大きな布倉庫を見学させてくださいました。

 

一つ、一つの生地を眺めていると、どこかで見たことのあるような生地が…。小学校や中学校の窓にあった、暗幕カーテン。体育の授業に使った、マットの生地、飛行機内でつかうブランケットも。

身近にある製品の原型を見られて、そしてこんな近くで作られていることにびっくりです。

「自分たちの持つ技術を通じて、世の中に必要とされるモノづくりで、継続してきた。知多半島には大小さまざまな企業があり、自分たちの得意分野を生かして、産地の盛り上げていければうれしい。」とご案内くださった永田社長がおっしゃった言葉が印象に残っています。

 

知多木綿の手織り文化を地域ぐるみで楽しく伝え続ける工夫

阿久比町のお隣にある、知多市・岡田地区。

ここも、知多木綿の歴史を語る上では、欠かせない場所です。木綿の手織は農家の副収入の一つとして、「木綿を織れなければ嫁にいけぬ」と言われたほど、知多半島エリアでは、大切な手仕事とされていました。

そんな手織の伝統を今に引き継ぐ活動をされているのが、「木綿蔵 ちた」のみなさんです。

現在、有志のメンバーを中心に運営していおり、手染めした糸を使って、布が織られています。以前は研修を受けた人のみしか会員になれなかったそうですが、近年は、手織りに興味をもつ人であれば、どなたでも受け入れ、手織り機の貸し出しをするなど、楽しみ、続ける輪を広げているそうです。

ご案内くださった、木綿蔵ちたの、関さん。

柄や模様が一つ、一つ、つくり手の好みで織られ、名刺入れや、ランチョンマットなどの製品の販売もされていました。また、商品の購入金額の10%は、木綿蔵の維持・管理に使われ、残りの90%は生産者に入るそうです。また、販売する商品もこれをつくらなくてはいけない、という制約はなく、つくり手は自分の好きな色や柄を織り、表現することができます。その仕組みがあることが、この場所が無理なく、楽しく続けられる工夫なのだと思います。

 

伝統工芸「名古屋黒紋付染」を日常着として届けるものづくり

名古屋黒紋付染は、愛知県の伝統工芸の一つで、100年以上の歴史があります。かつては、嫁入り道具や結婚式での必需品として、紋付の需要は多かったそうですが、近年、その文化ごと失われつつあるという言葉に衝撃を受けました。

着物を着る人も機会も少なくなっているということは事実として受け止めながら、ではどうやって黒紋付染を手に取ってもらえるようにするか。そんな問いに挑戦しているのが、山勝染工の中村さんです。

現在では、着物以外の商品の開発にも積極的で、中には、知多木綿をつかったシャツや、Tシャツも染めているそう。最初は、染屋が商品を販売するなんて…と、先輩たちから眉をひそめられたそうですが、「黒紋付染」を、もっとカジュアルに身に着けてもらいたい、知ってもらいたいという想いが徐々に広がり、今では展示会や、名古屋の新しいお土産品としても認知されつつあるとのことでした。

「裾野が広がり、手に取る人が増えることで、自分のルーツや自国の文化を語れる人が増えてほしい。」と、挑戦する姿勢に感動しました。

今回の生産者の方をお訪ねして気づいたことは、ものづくりを続けるとために、作る道具を修理、改良して使い続ける大切さ、そして伝統を大切にしながら、時代の流れにあったものを作ることが、長くつづけていく工夫の一つであるということです。作り手の方の想いを、商品を通じて丁寧に届けるという心構えと、ご縁をいただいた皆さんとの関係性をこれからも大切に築いていきたいと思います。