ニットディレクター  渋谷渉さんのものづくり 前編

2020年冬、圧倒的に手触りの良いオリジナルニット「d 501 CREW NECK WOOL SWEATER」をつくってくださったニットディレクターの渋谷渉(わたる)さん。手で触れたときのふわっと柔らかな感触がたまりません。カジュアルにも、上品にも着こなせるシルエットで、店頭のお客様にも、スタッフにも人気でした。
2021年は第2弾として、渋谷さんにD&DEPARTMENT オリジナルのカーディガンの製作を依頼、いよいよ完成間近となってきました。
カーディガンの商品開発に関わったスタッフが、新作のこと、心地よい感触を生みだすウルグアイの羊毛のことなど、あらためて渋谷さんにお聞きします。

ゲスト: 渋谷渉さん (ニットディレクター)
1984年 新潟生まれ。2005年 文化服装学院卒業。2020年 MBA(経営学修士)取得。日本の繊維産業を残していくことをテーマに、工場の企画開発、国内外への販路開拓を行っている。ニット工場、撚糸工場、紡績工場、羊毛牧場で働いた経験をもとに、全ての生産工程における職人たちと開発を行っている。欧米デザイナーとのコラボレーションによるMade in Japan の製品輸出も実績多数。

聞く人: 重松久恵 (D&DEPARTMENT コーディネーター)
ファッション誌の編集者を経て、デザインプロデュース会社やファッションデザイン事務所にてデザインマネージメントを担当。2007年より起業。ブランドの立ち上げや商品開発など、様々なプロジェクトに参加。2015年より公的支援機関などのアドバイザーとして、商品開発や販路開拓を中心に中小企業の支援を行っている。D&DEPARTMENT では、オリジナルウェアの開発や、服の染め直しプロジェクト「d&RE WEAR」を担当。

前編 「顔がいい」ニットをつくるには  2021/10/28 公開 ←今回はここ
後編 自然とお手入れしたくなる、愛着のわくニット  2021/11/4 公開

 

前編 「顔がいい」ニットをつくるには

「顔がいい」もの、「ツラがいい」ものにこだわる2人
重松  あらためて振り返ると、私たち、初めてお会いしたのはいつでしたっけ?(笑)

渋谷  2019年の年末だったと思います。僕がウルグアイの羊の牧場から帰国したころでしたから。

重松  何かの集まりだったのですが、参加されていた渋谷さんはとってもいいニットを着ていたんです。一目見て「この人、ただ者じゃないな」って思うほど。初対面なのに気付いたら「ちょっと触らしてください」って言っていました。こんなふうに、誰かの服に触りにいくなんて滅多にないんですけど。その日の渋谷さんのニットは、まずね、ものすごく美しかったんです、ツラ(面)が。分かるかしら、この「ツラがいい」っていう感じ。

渋谷  ああ、わかります! 僕は「顔がいい」って言ってます。「顔がいい」商品は、店頭に並べると、そこだけ光って見えるような感じがあるんです。シンプルな商品だったとしても、お客さんがすっと吸い寄せられていくような‥‥‥。
重松  そうそう、製品って込められたエネルギーが、外に出てくるんです。そのエネルギーの高さを、私は「ツラがいい」って感じています。初めてお会いしたときに渋谷さんが着ていた、ご自身が開発したニットは、それこそオーラのようなものがあって、普通じゃなかった。触れる前から、それは分かりました。

渋谷  僕が考える「顔がいい」ニットは、具体的には、トータルでバランスがとれていることなんです。細かい部分のバランスをどんどん整えていくと、全体に統一感が生まれます。同じ仕様書で依頼しても、工場によって上手く仕上げるところと、ガタガタになっちゃうところがある。仕様書と仕上がりの差もイメージして、僕はけっこう細かく指示を出します。「シンプルだけど、差がある」仕上がりにしたいんです。

重松  渋谷さんの細心の注意と配慮が、仕上がったニットから感じ取れるから、よいツラが生まれるんでしょうね。ツラのよいものは、その背景にものすごい努力や工夫があると思うんですよ。
よいツラにするには、全部が整っていないといけない。渋谷さんは、糸も、紡績も、編みも、仕上げも、全てを分かっていて、自分の目が通るようにコントロールされているから、あのような製品が生まれてくるんだなあ、と思います。実際の作業は、専門の工場と職人にゆだねつつも、仕上がりの最終イメージを見据えて、各工程にねらったイメージどおりになるように細かく指示を出しているのが渋谷さんのポジションですよね。

渋谷  はい、まさにおっしゃる通りの役割をさせてもらっています。僕のものづくりは、デザインでかっこよく見せることではなく、バトンをつないでいく中で、それぞれの良さを引き出していくこと。原料の良さを発揮させるにはどうしたらいいか、糸をつむぐ紡績工程や、編み地の選択や、編む工程はどうするといいのか、その編み地を生かすにはどんな洗い方で、どんな風合いを目指したらよいのか。
原料から糸へ、そして糸が編まれて編み地になるまでの間で、重さや軽さ・肉感も含め、僕の目指す「ツラ」をほぼ完成させています。編み地の段階で差別化できるから、余計なデザインを入れない、洗練された服をつくりたいんです。 袖や襟の形は、2~3年で流行りが変わります。すぐ着られなくなっちゃいます。それはイヤなんですよ。なるべくシンプルにしたいけれど、特長はほしい。その特長の大半を編み地までの工程でつくりあげている感じです。

重松  流行やデザインが入りすぎている服は、長く着られないですよね。D&DEPARTMENT で販売する服は、流行りすたりに関係なく、ずっと着られるものを目指しているので、本当に理想的な方と出会えました。渋谷さんと会っていなかったら、2020年のセーターも、2021年に販売するカーディガンも作っていなかったと思います。

 

どんなことをしても学びたかった、原料のこと、糸のこと渋谷 これが、2020年のセーターと、2021年のカーディガンの原料になっている、ウルグアイの羊の毛です。糸の材料や風合いの研究をしているときに、ウルグアイの羊の毛でできた糸を使う機会があって、膨らみ感とカシミヤのような柔らかさが共存した面白いな素材だと思っていました。この羊のこと、糸のことが知りたくなって、ウルグアイの牧場で1か月間、ガウチョ(牧童)として働いていたときに、集めたものなんです。
*ウルグアイ滞在中のお話は「スタッフの商品日記 045 d 501 CREW NECK WOOL SWEATER」で紹介中。


一同(集まってくる) うわー! 大量の羊の毛。けっこうフカフカしています。獣っぽいの臭いもかすかにありますし、まだ、毛がしっとりしているんですね。この羊の専門書もすごい!
渋谷 しっとりした感触は、羊の毛の脂ですね。サンプルは、全部で200匹分くらいあるんです。
この波状にウネウネしている部分が「クリンプ」。ウルグアイのメリノ種の羊の毛は、他の羊よりもクリンプが均一で、しっかりしているんです。だから編んだときに、ふっくらとした特長のある弾力、膨らみ感になっています。 他の地域の羊の毛は、クリンプが不均一で、波の形もハッキリしていないことがありますが、このウルグアイの牧場には良質なクリンプを持つ羊たちがたくさんいました。また、カシミヤに匹敵するくらい毛が細いことも、オリジナルニットのチクチクしない仕上がりにつながっています。

重松  素材が気になっても、南米の牧場まで行くデザイナーはなかなかいないと思うんですが、どうやってウルグアイの牧場に?

渋谷  もともと、ウルグアイの羊の毛で糸をつくっていたのが、高級素材が得意な紡績メーカーの深喜毛織(以下、深喜)さんでした。ニットデザインの仕事で、すでに6年くらい、深喜さんがつくった、ウルグアイの羊の毛の糸を使っていたんです。他の羊毛にはない独特の膨らみ感となめらかな肌触りが素晴らしく、この糸でニットをつくると、提案した先のブランドで定番品になっていきました。でも、原料のウルグアイの羊に関する情報がほとんどなかったんです。原料屋さんに聞いても、よく分からなくて。これは、もう、ウルグアイに行った方が早いぞ、と。
僕は、糸からニット製品をつくるプロセスは経験済みだけど、糸ができるまでの部分は未経験だった。ちょうど会社を辞めたタイミングだったので、今だ!って。お金もあまりなかったので、まず1か月間、車中泊しながら、大阪の深喜さんの紡績工場で働きました。

一同  ええっ! 1か月の車中泊?

渋谷 はい、僕、今住んでいる家も古民家で、平屋で。マンションとか苦手なんですよ(笑)。最初は1か月間キャンプしようと思ったんですが、深喜さんに通えるところにいいキャンプ場はなく‥‥‥、車中泊にしました。
2年前のことですね。

一同  結構、最近のことじゃないですか!

渋谷  はい(笑)。車中泊しながら、働いていたので、僕が深喜毛織の方に、ウルグアイの羊の牧場に行きたいと相談したとき、「アイツなら大丈夫か」という流れになって、現地の牧場をご紹介いただけました。「宿と食事を提供いただければ、なんでも手伝います」という条件で、受け入れてくれる牧場を探していただいたんです。
深喜さんで働いていた1か月は、正直ちょっときつかった(笑)。大学院に通っていた時で、平日は深喜さんで工場勤務、金曜の夜に深夜バスに乗り、土曜は大学院でMBA(経営学修士)を取るための授業を受けて、その日の夜だけ自分の家で寝て、日曜は大学院の授業の後、バスで大阪に戻る、という1か月でした。
重松 車中泊だけじゃなかった! 根性ありますねぇ。

渋谷 まあ(笑)、どっちが早いか、なんですよ。遠回りに見えても、ガッツリ中で働いて、現場を見るほうが早い。職人の方たちと一緒に働き、学び、仲良くなって、彼らに「僕はこういうものをつくりたい」と未来の話ができました。
仮に僕が外から、「こんな風合いの製品にしたいから、こういう糸をつくってほしい」と依頼しても、おそらくやってもらえなかったと思います。一緒に働いていたから、「お前が言うなら、やってみるか」という雰囲気になりました。
あ、僕、けっこう工場では戦力になっていたんですよ(笑)。自分も紡績のことを学べましたし、まだ勉強中ではありますが、職人の方に通じる伝え方ができるようになりました。一緒に働く中で、紡績の工程が分かったので、どこで原料が傷む可能性があるのか、など、細かく職人の方と話し合えるようになりました。結果、すごく近道だったな、と思っています。
重松  ちなみに、2年前に会社をやめたのは、どうしてだったんでしょう?

渋谷  僕がやりたいことは、日本の繊維産業を残すことなんです。会社の中でできることの限界も分かってきた頃だったので独立しました。

重松  繊維産業を残すための、渋谷さんの理想のやり方が見えてきたのかもしれませんね。フリーランスになれば、いろいろな会社のコンサルティングもできますし。MBAを取ったのも、そこにつながりますね。利益の出し方も含めた、商品開発全体のことに関われます。
今の渋谷さんは、それこそ、経営も生産も原料のことも全て分かっておられる。

渋谷  ありがたいことに、最近はニットのデザインだけでなく、原料のこと、生産改善のこと、経営などのご相談をいただくことがすこしずつ増えてきました。

2021年11月発売 d 502 CREW NECK WOOL CARDIGAN・RED・M モデル 男性 身長 174cm

ニットづくりは農業に近い

渋谷  深喜毛織さんは、国内だとコムデギャルソンや、イッセイ ミヤケなどの一流ブランドから選ばれているメーカーで、紡績の技術が本当にすごいんです。最近では、ウール100%の紡毛(ぼうもう)紡績で48番手、というとてつもなく細い糸を紡ぐことができています。
僕が思うに、48 番手は、おそらく世界で一番細い紡毛ウールの糸。極細の糸をつくるには、機械をメンテナンスしながら、超繊細な作業ができるように工夫をしなければなりません。ウルグアイウールの糸は、それよりも少し太い36番手。太いと言っても、カシミヤに匹敵する細い原料を使い、かなり事前準備をしないと糸にすることはできないのですが、深喜さんなら可能でした。

重松  私も、以前の仕事で、超高級素材を探すときは、深喜さんのサンプルから探していました。
今回のカーディガンも、2020年のニットと同じ、胴と袖はホールガーメント(無縫製)にされていますね。

渋谷  前立てと首のリブは後から付けていますが、脇にも、肩にも、袖下にも縫い目がありません。僕が考えるホールガーメントの良さって、縫い目によるつっぱり感がないことなんです。縫い目がないから、着た人の体に沿って、自然に美しく落ちていく。
ニットって縫製が難しくて、縫い合わせるときにどうしても編み地にテンションがかかり、シルエットが変わっちゃうんです。ホールガーメントだとそれがないので、きれいなものづくりができると考えています。実は、ホールガーメントは、編むためのデータづくりがすごく難しいんです。糸によって仕上がりが全然違うので、職人の腕によって出来が変わってきます。
僕は、天然繊維を使う服は、実は農業に近いな、って思っています。ホールガーメントは機械が一気にニットを自動で編んでいくから、工業製品のように思われますが、僕は農業をやっている感覚です。

重松  羊の個体差が関係しますか? 製造工程でも、水の成分がちょっと違ったり、作業をしている日の天候によってブレが出たりするとききます。

渋谷  常に、コントロールできるところと、できないところがあります。それらの積み重ねで、目指すイメージとのズレが広がっていく。同じ機械に同じ設定の数値を入れても、同じものはつくれないんです。
最終的に、仕上げの洗いの段階で風合いを調整しています。洗いの工程は、染料の色によっても、洗い方を変えなければならないほど、繊細な工程。今回のカーディガンの洗いをお願いした石川染工場の社長はとても研究熱心で、彼が「できない」と言ったら、僕も「できないな」と思うほどなんですが(笑)、ウルグアイの羊の毛でつくったニットを石川染工場に持ち込んだ最初の年は、かなり細かくやりとりをしました。一番最後の工程でもある、風合いを決める仕上げ洗いの現場で、「できない」と言われたら、その前の工程のどこかを工夫して、目指す風合いのために何をするべきなのか、常に調整しています。
僕がイメージする日本の繊維産業の残し方は、「高品質なものを工場と一緒に開発し、工場に技術を蓄積、唯一無二のものをつくれる工場になれば、その工場は残る」というものです。
中途半端な技術や商品なら、他のところでも製造できますし、お客さんにそんな商品を見せても、「顔」がよくないから、あまり売れません。値段も高く付けられない。となると、中途半端なことをするのが一番ムダなことだと思うんです。

続きは、後編「自然とお手入れしたくなる、愛着のわくニット」。2021年11月4日公開。

 

予約受付中!
d 502 CREW NECK WOOL CARDIGAN・CHARCOAL GRAY
d 502 CREW NECK WOOL CARDIGAN・RED
商品のお届け、店頭でのお試しは、2021年11月11日より。
着られる期間が長いユニセックスのカーディガンは、ギフトにもオススメです。

 

取扱店 (2022年11月11日時点)
d47 design travel store
D&DEPARTMENT TOKYO
D&DEPARTMENT TOYAMA
D&DEPARTMENT MIE by VISON
D&DEPARTMENT KYOTO
D&DEPARTMENT KAGOSHIMA by MARUYA
D&DEPARTMENT OKINAWA by PLAZA 3
D&DEPARTMENT SEOUL by MILLIMETER MILLIGRAM
D&DEPARTMENT JEJU by ARARIO