43 つづける・一緒にやる とは

最近、経営交代し、会社の役員会議にも、今度の社員合宿にも出ないように引っ込みながらも、自分が何が出来るのだろうと考えていた時、立ち位置を引っ込めるのと、何もしないのとは違う。そう気づきました。そして、今の僕が今の立ち位置でできることは何か、と、考えた時、スタッフと一緒に考えることじゃないかと思いました。それは社長の経営を邪魔することなく、それでいて、まぁ、そんなことは到底、今からではできませんが、例えば店頭に立つことに匹敵するようなこと。ずっと続けていく、ずっとみんなで楽しくやり続けていく。それとは何かと考えていく時、関わり続ける。気にし続けるということだと思いました。「気にしている」ということをずっとやる。これが関係性の継続の最低限度なんだと思いました。

長らく特別なバージョンを制作して頂いた一澤信三郎さんにもお手紙すら書けていない。店頭に立つスタッフと食事会すらしていない。店のある県に来ているのに、店にも顔を出せない・・・・・。あらゆることは、関係性の積み重ねだと思いますし、それとは毎日が無理なら、定期的にでも何か一緒に考える。「一緒にやっている」とは、そういうことじゃないとそう呼べない・・・・・。

最近、立て続けに2つのお断りをもらってしまいました。「一緒に何かやりましょう」と誘い、打ち合わせもして、途中から担当者をつけ、その方が確実に事は進む。そう思っていましたが、結局、「一緒にやるって言ったじゃないか、ナガオカさん」ということなんだと思いました。担当をつけ、進行させることが「一緒にやる」と、どこか僕は勘違いしてしまっていた、そんなこともわからなくなってしまっていた。そう思ったのでした。フランチャイズパートナーとのことも、そういうことが当てはまる。僕とオーナーが一緒にやろう!!と言い、そのあとは、店長やら担当者が実際のオープンを目指す。オープン日にはオーナーは現れるけれど、店頭に立つわけでもなく、実際にそこにはいない。これは「一緒にやる」では、ないんだと思いました。

どこかでそんなに大きくもない会社組織を、まるで大企業のごとく勘違いして、細かなミーティングは担当者に任せてしまう。少なくともdはそんな大きな会社ではないし、本当に一緒にやるという状態ができる規模や成長スピードだと思うのです。担当スタッフに任せるのではなく、担当スタッフと一緒に打ち合わせに参加する。今、こうして書いていて、随分、そんな現場のことはやってきていませんでしたが、今一度、スタッフと「一緒にやる」をやってみようと思っています。思いの外、出張も多く、講演などに呼んで頂くこともありますが、できる限り「一緒にやる」状態を工夫しあう。そう考えると、そんなたくさんの人や企業、商品やお客さんと出来ないと思うのです。「知らない人」とは一緒になどできません。その規模感についても、考えなくてはなりません。今度、20周年を迎える東京店も、どこか「商品部」「店長層」「経営層」の壁の中で、分離してしまっているようなそんな感じに見えて、これは僕のせいだなと思いました。一緒にできない。これでは。正直、バタバタした日々の中で、ここに書いたような事は難しいとは思うのですが、それに対する創意工夫もしないまま、なんとなくの一緒にやるでは、続かないと思いました。僕は人の評価や働き方作りなどは、全く苦手ですが、まずは対話して、少しでも一緒にやってみようと思っています。