98: デザイン→民藝→自然(地球環境)→農業

僕が民藝に興味を本格的に持ったきっかけを作ってくれた「水と匠」の林口サリさんと、富山南砺市を巡りました。そもそもは「d news」を富山の田んぼしか見えないようなところでやりたくて、物件を探してくれた松本千尋さんとみんなで内見することになり、林口さんや同じく「水と匠」に所属する飯塚さんなどと一日一緒にいました。「せっかくだから、翌日、時間があったら農家さんを巡りませんか?」という、昔の僕だったら「(めんどくさそうなので)結構ですぅ」と、言っていただろうことも、林口さんの誘いにはいつも何かがあるのでついていくことに。そこで出会ったのが「なんとのね」の皆さんでした。「なんとのね」については、調べてみてください。(そして、ぜひ、ネットで購入も!! )

自分の話になりますが、18歳から35歳まではいわゆるクライアントワーク、企業からの依頼で仕事をするグラフィックデザイナーでした。35歳あたりで、「建築に国家資格がいるのに、なぜ、グラフィックデザイナーにはないのか」ということに興味が湧き、「自分というデザイナー」よりも「社会とデザイナー」に関心が湧きました。同時に「グッドデザイン賞」などにも興味が湧き、どんどん「デザインって結局、トレンドとセットで消費されていく象徴だよな」と感じるようになり「一旦、すでに世の中にある長く使い続けられたものを”デザインの正解”と見なして、勉強(自分なりに)してみよう」として、ロングライフデザインをテーマに「D&DEPARTMENT PROJECT」を立ち上げました。そして、47歳の時、伝統工芸を改めて意識するようになり、「あれ、これこそDESIGNと呼ばないとダメじゃん」となり「DESIGN BUSSAN NIPPON(松屋銀座)を企画し、渋谷ヒカリエに「d47MUSEUM」を立ち上げて、伝統工芸はデザインだ!! となり、結果、「47都道府県の長く続く個性だけをデザイン目線で紹介する本・d design travel」を創刊したわけです。(現在29都道府県を完成・残り18号) 。そして、地域の伝統的なその土地の風土などから生まれたものに関心が深まっていった時、富山で開催された「民藝夏期学校」に参加し、林口サリさんと出会い、民藝をずっと勘違いしていたことに気づきつつめちゃくちゃショックを受け、民藝の未来に興味が湧いてきました。時代はSGDsなど、持続可能性や自然環境などを企業が取り入れ始める頃。みんなが「禅」と「マインドフルネス」なんかをごっちゃにして一緒、みたいな勘違いをしている時代。民藝への関心は実は「心の美しさ」への関心であったのではと、思うようになりました。民藝運動はお寺から生まれた「宗教美学」。よく「機能美」とか言い換えられてしまっていますが、それは柳宗理からの言い方。「心が美しくないと、美しいものは作り出せず、美しいと感じることもできない」。民藝運動の創設者の柳宗悦は「現代社会において、もはや美しいものを作るのは、難しい」と著書の中で言っています。それは「創作の環境」のことでもあり、創作者の精神的な環境のことでもある。そして、創作者たちを中心に、都心から離れ、自然環境の豊かなところに拠点を移したりしだす。そして、また新たに思うのです。「そこで取れるもので作り、そこに来てもらって手に入れてもらう」無駄にエネルギーを使って輸送させるのではない考え。私たちは「お取り寄せ」的な感覚で、「もの」を「エネルギー」を使って移動させることに何も抵抗を感じられなくなってきました。

僕は最近、沖縄に通いながら「沖縄の酒、泡盛は、沖縄で飲むからうまい」ことを痛感しています。泡盛みたいな特徴のあるものは、やはり、その土地の様々な事情、環境によって発想され、作られています。「その土地で取れたものは、その土地に行って楽しむ」というのが、最近の僕の結論。特別なものを遠くから取り寄せて「特別」として味わうのも否定しませんが、そうした思考こそが、結果的に「環境負荷」を引き起こしている。そして、このタイミングに林口さんにより、富山南砺市で完全に近い自然栽培をしている農業の若い方々と出会い、その現場を見学に行きました。水は農業用水を使わず、車で10分ほどの湧き水を毎日汲んでいました。そして、堆肥は城端別院善徳寺の落ち葉を根気強く回収して、とにかく周辺のものを回収して作られていました。それは見事な循環でした。特に「お寺の落ち葉」というところが、心にジーンと響きました。

僕はここの土地にd newsを作り、この方々の取り組みに参加するような宿を作りたいと思いました。そして、物件を探し見つけたのでした。雪のこと、そして、くまが出るということで少しヒビっていたところ「クマはね、どこにでも出るよ。みんな、クマのせいにしがちだけど、クマの生活を考えてあげる。つまり、クマが私たち人間の生活圏に現れなくてもいい森作りを人間がしてあげればいいだけだよ」と。ちゃんとした自然環境に戻しながら、町に収益をもたらすということにおいて「農業」や「林業」は、とても重要かつ、全てにおいて繋がっていると学びました。