4 垣根を取る

取材を受けると、必ず聞かれることがあります。「dって、結局、何をやるための集団なんですか?」僕はいつも、こう答えています。「長く続いていく、継承していく価値のあるものを伝えたり、応援したりして、新しいものを生む際に、しっかりとしたそうした思想の基盤がある状態にしたほうがいいと思って、それに関わっています」と。
ものを作るのも、売るのも、買うのも、ある意味、簡単です。問題はそこに「未来への目的があるか」だと思います。組織に所属することもそう。dという会社で働くということが、自分にとって、取り扱うメーカーにとって、ここに来るお客さんにとってどうあったらいいか、それに関心が湧かないと、ただ、日々のことがただの労働になり、自分の成長にも気づけず、疲れてしまうだけです。
会社はそれをわかりやすく全従業員と共有しようとする。けれど、それはなかなかうまい具合にはいかない。すると、会社の上層部とスタッフの間に意識の「垣根」ができる。中には、それがあることのほうが、働いている居心地が守られるような発想をする人もいるでしょう。でも、会社とは、社会に接点を持ちながら、未来に向かって進んでいます。全力で走っている会社もあれば、のろのろと歩くような会社もある。それが、ただ、前に進んでいるだけでは、そこに属していることに面白みが湧かない。会社に属するということは、積極的に会社に参加したほうがいい。そう思うんです。
同じように、メーカーも作った製品でお店と接点を持っています。ここでもやはり、「ただ、置いている」だけでは売れないし、いいことがない。ここには積極的に参加するような関係性が必要で、ものがあればいい、店はスタッフさんが売ってくれればいいという「垣根」ができると、ただ、売れている。ただ、収入が入るだけで、楽しみがない。
お客さんもそうでしょう。dはわざわざ行かないとたどり着けないような場所に作るようにしています。その理由は「意識のあるお客さんと接したい」からです。どの店も、かなり変わった立地にあります。要するに、「dに行こう!!」と思ってきてくれる。それなのに、ありきたりの接客をして、店員とお客さんとの間に「垣根」を作ってしまったら、意識を持ってきたお客さんは少しがっかりしたり、寂しい思いをすると思うのです。もし、働いている私たちも、お客さんも、そういうことだとわかっていたら、店に着いた途端に、「ありがとうねー」と、なんだか遠い友達の家にやっとたどり着いたような歓迎の気持ちが湧くんじゃないかと思うのです。
それもどれも、そもそもの目的である「世の中のものが進化していく時には、やはり、しっかりとした意識の大地があったほうがいい」という物語を共有して店に集まれる。そこにはお客さんとメーカーと店員の間に「垣根」を作らない。お客さんは神様ではないし、店員は召使ではないし、メーカーは作っていればいいというわけでもない。みんなで一つの未来を考え、みんなで一つの場所を共有する。だから「店」というのは、とても重要なんだと思っています。
話はかなり変わりますが、見たこともない芸人がステージに登場しても、誰も笑わないし、漫才が始まっても、様子を見るようなことってありますよね。逆に、面白くてしょうがなくてそれを知った上で見る時、ステージに飛び出してきた瞬間、まだ、何もしないのに大笑いしてしまう芸人さんもいますね。ここには「前提」があります。お互いに「面白い」という。
いい店には「前提」があると思います。それは「垣根がない」とも言えると思います。店の様子がわかってくると、「前提」が作られていきます。「あそこのオヤジは、偏屈だけれども、この前、お酒をご馳走してくれて、なかなか話せる人だった」としたら、「そういうオヤジ」という前提が楽しくて、声をかけたり、店に通ったりするでしょう。「前提」が増えていくと、「垣根」はとれていく。そして、新しい関係が生まれて、居心地が生まれて、対話が生まれる。店ってそういう可能性に関係するみんなが向かい、そうして使い、育てていくものだと思います。もちろん、こうして文章にして、スタッフやお客さんになってくれるかもしれない人や、取り扱いメーカーの方々と考え方を共有することも、ちっぽけなことですが、前に向かうために伝えたいことです。

店や企業、ブランドは、「ターゲット」と呼ぶ、自分たちの「お客さん像」を設定して、商品を開発したり、広告に使うモデルの方向性を決めたりします。乱暴にこれを言うと、「こう言う人は、私たちのブランドと相性がいいですから、こう言う人、集まれ!!」ということでしょう。でも、もっと「社会の未来」のことを考えたら、お客さんの属性なんて、そう簡単なリサーチでは解読できないと思います。だから、1人の理解あるお客さんが、仲のいいお友達を連れてきてくれる。そうやってしっかりと繋がったお客さんが増えていく・・・・。それが正解だと思うのです。逆にお客さんから見て、私たち店がどういう人を「お客さん」と考えているか。それもちゃんと「前提」として共有したり、更新したりしなくてはと思うのです。

先日、店の中を解説付きで案内するということをしました。だいたい、1度に20人くらいの皆さんが集まって話を聞いてくれました。
会の後、一人一人と話す機会があったので「どちらから来てくれたのですか?」と質問すると、「近所です」「隣の駅の辺りです」と。そのほとんどは「ご近所さん」だったのです。「前から気になって通っていた」「近いから買い物が便利」そんな話も。ここには「ご近所さん」という「前提」があり、「垣根」が一つ、取れています。だからでしょう。いつもと違う、温かみのある会になりました。遠くに住んでいる人でも、ご近所さんのように接することができたらいいなぁと、その時、思いました。