畑醸造の醤油造り

2019年4月に富山県西部の小矢部市にある畑醸造さんの見学をさせて頂きました。
畑醸造はD&D富山店で取り扱いのある醤油、「北陸」を作っている醤油メーカーです。
僕自身は富山出身なのですが、畑醸造の存在はD&DEPARTMENT TOYAMAに入社するまで知らなかったです。
そして工場見学に行くまでは、醤油造りについても全くの無知。多分この記事を読んでいる方もそういった方が多いかと思われますので、この機会に醤油造りと富山のおいしい醤油について知って頂ければ嬉しいです。

畑醸造のある小矢部市は石川との県境に位置する町。車だと富山市内に行くよりも金沢に行く方が近く、買い物で富山市に行く人はほとんどいないそう。
工場は小矢部市内を流れる富山七大河川の一つ、小矢部川の流域にあります。「浅地」という地区にあたり、地名が指す通り、周囲よりもやや窪んだ地形となっており、昔から良質な湧き水が採れる場所になっているそうです。

良い水が採れればなんとなく美味しいお醤油が作れそうですが、醤油作りには水以外にも原料となる大豆、麦、塩が必要です。
畑醸造では大豆と麦は全て県産の物を使用しており、誰が作ったか、どのくらいの農薬を使用しているのか、問い合わせれば全て答えてくれます。
塩はミネラル含有分が高く、値段も手頃な沖縄県産の物も使用。同行したスタッフに沖縄出身がいたので、盛り上がっていました。


(原料である大豆を蒸す機械)

これらの原料を醤油に仕上げる為にはいくつか工程がありますが、醤油造りは昔から、仕込みと櫂入れそして、火入れの3つの工程が重要とされています。

その中でも最も重要とされている仕込み(原料を加工し醤油が出来る準備をするまでの工程)において、畑醸造では昔ながらの「麹蓋」を使った麹造りを行っています。

その麹蓋というのが、写真にあるような木製の木枠。ですが、そもそも麹って何?という方も多いと思いますので補足を。

麹は醤油以外でも日本酒や味噌でも聞かれる言葉ですが、原料となる大豆や米に麹菌というカビの一種を繁殖させた物を総称して麹と言います。

このカビが原料の成分を分解することで、醤油になる前準備が完了します。畑醸造では原料となる大豆と麦に麹を繁殖させる工程において麹蓋を使います。

麹蓋での醤油造りは大変手間のかかる方法で、現在この方法で作っているのは北陸では畑醸造だけです。
醤油造りでは大豆を蒸したものと砕いた麦に麹菌を振りかけて麹を作るのですが、その麹を小分けにする為に麹蓋を用います。

麹カビが大豆や麦に繁殖し、原料を分解(発酵)する過程で麹の温度はどんどん上がっていくのですが、上がりすぎると発酵が進みすぎたり、逆に温度が上がり切らないと発酵が進まないため、麹を作る部屋の場所による室温差と麹の具合を見極めながら麹蓋の位置を入れ替えます。

現代ではもっと大きな容器で麹を発酵させますが、大きい容器ではどうしても分解のムラが発生してしまうため、品質の良い醤油を造る為に麹蓋が必要になるという訳です。
ただしその分手間がかかり、麹の温度を手の感覚を頼りに確かめて、発酵の進み具合を見極めます。麹蓋の位置を移動させたり、室温を調整するため外気を取り入れたり、逆にヒーターで室温を上げたり等、細やかな管理が必要になります。

この工程を三日三晩交代で行うことで麹が出来上がります。現在この麹の温度管理が出来るのは現代表の畑彰さんと先代の代表のみ。
限られた熟練の手だけが作れる麹です。

麹を発酵させる麹室は日本で唯一のレンガ造りとなっています。レンガ自体が呼吸をして結露せず、湿度の管理がしやすいとのこと。
コンピューター制御での温度管理や湿度管理の無い時代の知恵が詰まった造りです。
この辺りは良質な粘土も採れるそうで、周辺の民家でもレンガが使われているそう。

そして完成した麹を塩水を満たした木桶に入れることで”諸味”(もろみ)が作られます。そしてこのまま3年間(!)櫂入れ(かき混ぜる事で表面に雑菌を繁殖させない工程)をしつつ熟成。気温の変化に応じてゆっくりと発酵が進み、色は濃く、味は複雑になって旨味が増し、諸味から醤油が絞れる状態になります。
現在では殆どのメーカーがこの熟成の期間を短くする為、無理に温度を上げて発酵のスピードを上げて醤油を作るのですが、そうやって作られた醤油は色が薄く、旨味も少なく、ただしょっぱいだけの味になってしまうそうです。そこにアミノ酸などを添加し旨味を加え、カラメル等の色素を加えて醤油らしい色に仕上げたのが合成醤油。
「菌の発酵したい時に発酵させてやらなければ旨くならない」と畑さんが誇らしそう語っていたのが印象的でした。

左が熟成2年目、右が3年目の諸味。全然色が違います。
水分量も減り、密度も増してくるので、熟成が進むめば進む程、櫂入れはかなりの重労働になります。
櫂入れを怠ると、味わいを阻害する雑菌が表面に繁殖してしまいます。おいしい醤油を造るには欠かせない工程です。

そして熟成の済んだ諸味を布で包み、自重で自然に滴り落ちて来た分と最後にちょっとだけ圧力を加えて絞ったものが生醤油となります。圧力をかけ過ぎると大豆の油分が出てしまい、風味が損なわれてしまいます。
絞った物を少しなめさせて貰いましたが、大豆と塩、素材がダイレクトに感じられるシンプルな味わいに加え、市販の北陸よりも香りが強かったです。
北陸はこの後火入れといって、加熱殺菌の工程があるのですが、お蕎麦屋さんなどには生醤油の香りや風味を活かす為に、加熱をせず出荷をされているそう。

こんなに大変な工程のある醤油造りをやめようと思った事は無いのですか?という私の質問に対して、「何度もやめようと思った事はある。でも、体が動けばこの醤油は作れるから続けて行きたい。」と語った畑さん。
しかも普段使う日用品だからと、無用に価格を上げずに作り続けていることも中々できない事。だから北陸は県内でも限られたスーパーでしか買う事ができません。買い叩かれれば販売する事ができないのです。

3年間つきっきりで面倒を見た北陸の値段は500mlで740円。僕個人としては安いと思いました。
醤油はそもそも超高級品で、量り売りが基本。
明治くらいまでは正月の御祝いに1合程買うのがせいぜいで、1升といった単位で買われる事はなかったそうです。
その時代と殆ど変わらない工程で作られている北陸の醤油。大切に使いたいと思いました。

ですが忘れてはいけないのが、畑醸造さんの醤油作りは決して特別な事をやっている訳ではなく、昔からあるやり方を淡々と続けているだけという事。それが今では合成醤油の登場や工業的な醤油作りが当たり前になり、逆に北陸の醤油は「当たり前でない醤油」になってしまいましたが、変わらないという事がここまで大変な事に見えてしまうのは何故でしょうか。

そういった疑問と共に、D&DEPARTMENT TOYAMAで北陸と畑醸造のありのままを皆さんと共有出来れば嬉しい。そして北陸の「当たり前」を皆で繋いで行けたら更に嬉しいです。

最後になりますが、なにより肝心な味のことを。
北陸は甘味料や旨味成分が入っていない分、塩味と大豆の旨味だけが感じられ、最後舌に甘味が残らずあっさりとした味わいです。
煮物に使うとすっきりとした、上品な味に仕上がります。
刺身使うとお魚自体の甘味が感じられるので、お魚がきちんとおいしく感じられます。甘い醤油に慣れていると、どうしても醤油だけを味わって、肝心の魚の味が分からなかったりしますが、それが無いからとても新鮮に感じます。一度試してみてください。

富山店では200mlと500mlを販売中。ダイニングでも定番のオムライスを始め、醤油を使っている料理は全て北陸を使用しています。使い方等ダイニングのスタッフにも聞いてみて下さい。