技の掛け合わせで生まれた「鍛木皿」

富山県内で企画、製造される性能、品質およびデザイン性に優れた工業製品を選定し、国内外に向けて広く発信してく「富山プロダクツ」。今年、新たに「富山プロダクツ」として選定されたアイテムの中で、ひと際気になるものがありました。

それがこちらの「鍛木皿」。高岡にある漆器メーカー「駒井漆器製作所」が新たに作った商品です。

木の器ですが、彫刻とは異なる独特の表情に引き込まれました。こちらの器の模様、富山の方なら、どこかで見かけたことがあるかもしれません。

そう、高岡で「おりん」を作る「シマタニ昇龍工房」の「すずがみ」と同じ模様なんです。

この「鍛木皿」は、木を鎚で叩いて模様をつけ、その上から漆を施すことで、木目と鎚目が組み合わさった独特の表情が生まれています。

漆芸と鍛金、どちらも高岡伝統の技。それが組み合わさって生まれた商品・・・。どのようにこの商品が生まれてきたのが、興味を惹かれ実際にメーカーさんを訪問してきました。

 

■駒井漆器製作所
まず訪れたのが、この商品の企画をを手がけた駒井漆器製作所。出迎えてくれたのは、3代目で、ご自身も塗師でいらっしゃる駒井康亨さん。

1940年に高岡漆器の木地製造業としてスタートした駒井漆器。今では、主に雛人形の屏風や台座などをメインに制作されています。伺った11月は、まさに雛人形制作のいちばん忙しい時期!工場では、たくさんの雛道具が所狭しと積み上げられていました。

まず、見せて頂いたのが、木地の加工場。分業が基本の漆器産業のなかで、駒井漆器製作所では、木地の制作から塗りまで、一貫して自社工場で手がけることができるそう。特に大型の箱ものを得意とするそうで、加工場には、材料となる木材の板がたくさん積まれていました。

こちらが塗りの現場。雛人形の道具のような大きなものは吹き付け塗装という方法で加工しています。塗装中は、埃がつかないよう、密閉された部屋で作業されます。なのでガラスの扉越しに遠くから見せて頂きました。

こちらが塗り終わった道具たち。鏡のようにピカピカです。

一通り現場を見せて頂いて、新たな疑問が。普段は箱ものを得意とする駒井漆器製作所で、なぜ器を作ることになったのか。しかも、漆器屋さんがどうして鍛金の技を取り入れることになったのか。その発想はどこから生まれたのか。

 

■同級生チームがタッグを組んで生まれた新しい表現
この鍛木皿は、駒井漆器製作所と、鉄作家のIRON CHOP 澤田健勝さん、そしてシマタニ昇龍工房の技が用いられています。

駒井さん、澤田さん、シマタニ昇龍工房の島谷さんは、なんとみなさん同級生なんだそう!特に、駒井さんと澤田さんは、釣り仲間でもあり、プライベートでも交遊が深いのだそうです。

普段から交遊の深い駒井さんと澤田さんのお二人。駒井さんはいつか、澤田さんとコラボした作品を作ってみたいと思っていたそうで、お二人で何を作るか考える中で、鉄を叩く技法を木でやってみてはどうか?というアイデアが生まれたのだそう。そして、鉄を叩くといえばもう1人いる・・・と駒井さんが思いつき、島谷さんが加わり、制作が始まったそうです。

もちろん、澤田さんも島谷さんも木を叩くのは初めて。ベースとなる木の種類だけでも10種類以上試し、厚みや、叩き方、漆の塗り方等、膨大な試作を繰り返し、開発にかかった月日は、なんと丸2年!長い時間をかけて鍛木皿は完成しました。

島谷さんの叩く「たまゆき」と「さみだれ」は、生漆で仕上げ、木目と鎚目にあわせて1枚ずつ塗りを変えています。

澤田さんが叩いた「鍛木」は、同じ栃の木でも黒漆で仕上げており、深みのある色合いが、見る角度によって木目や鎚目を交互に浮き立たせ美しい表情です。また金箔や銀箔を貼った華やかな1枚もあり。

こちらは、あえて表面を荒らすことで、味わいを出し、また傷を気にせず使いやすい工夫がされています。

 

実際に叩く現場を見せて頂きました。

こちらは島谷さん。

島谷さんは、普段はお寺などで使われる「おりん」を作られています。

島谷さんにお話を伺うと、金属と木では、木の方が叩くのが難しいとのこと。金属は跳ね返りがあるため、反動を利用してリズミカルに叩けるそうですが、木の場合、衝撃を吸収してしまうため、押し込むように叩かなければいけないのだそう。

優しく叩くと模様が入らず、また力を入れすぎると割れてしまうため、力加減も難しいそうです。また金属と違い、鎚目のがはっきりと見えにくいため、模様を確認しながらの作業は、金属と比べるとどうしても時間がかかってしまうのだそう。

 

こちらは、澤田さん。

鉄作家として活躍していらっしゃり、腕一本で鉄の燭台や門扉、格子やオブジェを作られています。

彫刻では、人の意図した模様が出来上がるが、鍛木では意図しないランダムな模様ができることが魅力、と話す澤田さん。鎚目は中心からだんだん外側に、広げるように叩いていきます。

澤田さんの「鍛木」の皿は、最後の縁の部分だけは鎚目を入れないデザインになっています。ランダムな鎚目でありながら、均一に縁を残していく。その繊細なコントロールには、思わず息を止めて見入ってしまいました。

叩き終わった後は、ライトをあてながら念入りに叩き残しはないかチェック。ちゃんと山がきれいにでるように、丁寧に叩き直していきます。

叩く時間よりも、このチェックの時間の方が長いのでは、と思うくらい入念にチェックされていきます。試作で叩いたときは、一度叩いても時間が経つと鎚目が元に戻ってしまうこともあったそう。鎚目はとても繊細な模様です。

こうして叩いた後、駒井さんの手に渡り、漆で仕上げていきます。
それでは、仕上げの漆を塗る現場をどうぞ!!と言いたいところですが、漆の塗り部屋は、埃がつかないよう、限られた人しか入れないのが鉄則。取材の日も、ちょうど塗りをやられていたそうですが、ここは我慢!

ちなみに、鍛木皿は、漆で仕上げた後にガラス塗装を施していますので、油ものなどのお料理を盛ってもシミにならず、気兼ねなく使えるので安心です。

 

■従来のものづくりにこだわらず、自分の欲しいものをつくる

こうして様々な人の手によって作られる「鍛木皿」。最後に、駒井さんに今後どんなものづくりをしていきたいか、お聞きしました。すると「漆器にこだわりはない」と意外な答えが。この答えにちょっと戸惑いましたが、よく考えるとしっくりくる。というのも、駒井さんだけでなく、澤田さん、島谷さんにお会いし、共通して感じたことが、新しいチャレンジに、ごく自然に取り組まれる姿勢でした。これまでやったことのない木を鎚で打つこと、金属よりも難しく手間がかかるのに「やらない」という選択ではなく「やる」を選ぶ。「漆器にこだわりはない」という言葉は、漆器をないがしろにしているのではなく、これまでに培ってきた技術をもって、でも従来のものづくりの枠にとらわれることなく、新しいチャレンジを常にしていくこと、そんな姿勢がにじみ出た言葉なのだと思います。「鍛木皿」は、そんなクールで熱い、高岡職人たちの技と心意気が出会って生まれた作品なのだと思いました。今年の富山プロダクツに選ばれた「鍛木皿」、これからどんどん世に広まってほしい!と思います。