蛭谷集落でつづく暮らしの文化「バタバタ茶」

どうぞお上がりくださいと迎えられ、小上がりになった畳に座ると、お漬物や煮物、果物が次々と出されます。そして、皆さんシャカシャカと、不思議な形をした茶筅でしきりに泡を立てている様子。鍋には白い布巾で包まれた茶葉が、ぷかぷかと浮かんでいます。

2つの茶筅が1つになったような茶道具は、初めで見る形。五郎茶碗と呼ばれる小ぶりな抹茶椀を使います。鍋に煮出された茶の色は、真っ黒。なんとなく苦そうに思えた。

「コレさえ毎日飲んでれば、風邪引かないの」

と慣れた手付きで、私達に茶を鍋からすくい入れてもらい、早速ベテラン勢から手解きを。茶筅の先を底につけない様に、前後に降り、こんもりとした泡を立てる様にして。

皆、目の前にいる人達を見たまま視線を落とさず手だけを動かし、綺麗な泡を立てているが、入門仕立ての私達ときたら、茶筅の振り加減がわからず、茶をこぼす。

バタバタ茶は、真夏の一番暑い時期に約一ヶ月かけて発酵させて作られ、紅茶や烏龍茶の様に茶葉の酵素の力ではなくて、自然界の菌の力で乳酸発酵により作られる珍しいお茶。後発酵茶の黒茶に分類されています。

室内には、10人ほど皆それぞれ会話をしています。今年は特に雨が多いなとか、病院で処方された薬がどんなとか、毎日この体操してるとか。一人暮らしで生活しているお年寄りが多いこの地区にとってバタバタ茶は、日常のコミュニケーションを繋ぐお茶。茶を囲み、おしゃべりをして、たくさん笑って。日が暮れるまで、お湯を継ぎ足しながらまた茶を飲んで。

家族よりも近くで暮らすご近所さん。私の事の様に、私の今を知っているご近所さん。

東京で暮らしていると、1人ではなく独りと書くのかもしれません。人との距離が遠くなってしまった、昨今の生活環境。

助けあい、分かち合う事が、当たり前にあるからこそ、その土地で長く暮らしていける。山間の人と人とを繋ぐお茶。湯気の向こうに、優しい笑顔と元気な笑い声がいつまでも続いていきます。