麹蓋を使った「畑醸造」の醤油づくり

水無月から文月に移り変わる頃、8年前に作られた富山定食の続編を作る為に、私達は北陸新幹線に乗り富山へと向かいました。

東京、埼玉、群馬、長野、新潟、5つの県を超え黒部宇奈月温泉を過ぎる頃、窓の外から見える山々からは霧が立ち昇り、空へと吸い込まれ雨になっていく。山は水を介して空と繋がっているんだと、ぼんやり思っていると列車は富山駅で停車。

駅を出ると、目の前に路面電車が走る。車、歩く人、自転車、それぞれが路面を走る電車との正しい距離感を自然と保つ姿。暮らす人には当たり前になっている街の日常が私にとっては、なんだか新鮮さを感じる瞬間でした。

富山県民会館の1階には、D&DEPARTMENT富山店があります。富山店スタッフと合流し、車は石川県との県境、小矢部市に向かいます。

目的地は「畑醸造」。地元富山県産の大豆と高岡市で作られた小麦を使い、もっとも寒い1月~3月にのみ仕込みを行う手造りの醤油「北陸」。

醤油や味噌や日本酒造りに欠かせないものと言えば麹ですが、畑醸造さんでは原料となる大豆と小麦に麹を繁殖させる工程において麹蓋を使っています。

麹造りは麹室の中で3日間かけて行われますが天井や床、手前や奥など同じ室の中でも温度や湿度が微妙に異なります。全てのお米の条件が均一になるように麹蓋を積み上げ、数時間おきに積替えたり移動を繰り返し、麹菌を繁殖させていきます。

一度の仕込みに、数百枚の麹蓋を使う事もあり非常に手間がかかる。北陸ではこの方法で醤油造りをされているのは、畑醸造さんだけ。

そして畑さんの麹室ですが、私初めて見ました。レンガ造りの室。

レンガ自体が呼吸をして結露せず、断熱性に優れ管理しやすい。天井には小さな木戸が付いており開け閉めをして換気や湿度の調整もできる。地質の特性上、良質な粘土も取れた事もあり、その土地の特徴と暮らす人達の知恵が、90年以上も経つ今も大切に手入れをされ、そこでしか出来ない味へと繋がっていきます。

その後、三年かけて天然熟成させ「もろみ」となり圧をかけて醤油が出来上がります。

後にこのもろみを醤油とともに試食させてもらいましたが、その小さなひと匙の中に無数の旨味が溢れ、味の余韻が長い。しぼりたての生醤油は、薫り高くキリリとしている。お餅に付けて、シンプルに醤油を味わいたくなります。

麹の力、熟成させる環境と時間。何よりも、育てる人の思いと作り続けていく事。

畑さんは優しい口調で、「日常の事。手間を手間と思わない、毎日当たり前の様にやってきた事です。」と私達に語ってくれました。作り続けていく事、その土地に根付いていく事。当たり前と言えるまでには、どれだけの時間が必要なことか。

山から登る霧もやがて雨となり海となる。毎日の小さな積み重ねが後に大きな恵となり、私たちの暮らしに欠かすことの出来ないものになる。きっと畑さんは、そんな大袈裟な事と言うかもしれません。でも、私はそう思わずにはいられない。そんな気持ちでいっぱいのまま、畑さんに見送られ次の取材先へと足を向けました。