岩手定食ができるまで4〈二戸・岩泉編〉

d47食堂には、無くてはならないものがいくつかありますが、真っ先に挙げられるもの、浄法寺の漆を使用した汁碗。

わずかしか採集できない国産漆の約7割が二戸市浄法寺のもの。

食堂がオープンしたときから、半永久的に貸し出していただいているのが、

滴生舎」の浄漆椀。

硝子の向こう側では、塗りの作業が行われている。木固めから、下塗り、研磨、中塗り、上塗りと、いくつもの行程を経て仕上げられていく。

国産漆の生産率がわずか3割程にもかかわらず、滴生舎は、浄法寺で採れた漆にこだわり行程のほとんどに使用している。石川県や新潟県など漆器の生産葉行われているが、原料から漆器までを全てを、その土地で一貫して行える場所は先ず無い。まさに聖地。

並べられている椀を手に取ると、しっとりと漆ならではの質感。

使えば使うほど艶を増し、それぞれの暮らしの色になっていく。

食堂の味噌汁は丁寧に出汁を取り、塗り椀に注がれていく。口当たり滑らかで、熱さを感じず安心して手に持つ事が出来る。この碗だからこそ、味噌汁の旨さが引き立つ。しかし、毎日沢山のお客様に使用している事もあり、時に傷つき艶を失う時がある。そんなときは、浄法寺へと戻してやると見違えるように綺麗になり食堂に帰ってくる。人に故郷があるように、ものにも故郷がある。人と人とのつながりで代々に渡って使うことができる。

その場で、椀を一つ購入すると「可愛がってくださいね」そんな風に言われた。滴生舎で働いている方々は、若い女性が多い。漆を愛でるように見つめる手元。少しずつ育て、まるでお嫁にでも出す思いなのだろうか。物を大切にする気持ちは、その土地と人を大切にする事にも繋がるのではないか。食堂に帰ったら、両手で椀を持ってひとつひとつの顔を見てみよう。そして、一人でも多くの人の暮らしに、国産漆器を取り入れてもらえるように、伝えて行こう。

 

翌日早朝4時まだ薄暗い中、二戸を出発し岩泉へと向かう。

岩手県は、その広大な土地面積から酪農が盛んに行われている。

取材の移動途中でも、牛を飼育している牛舎や牧場に多く遭遇したり、雫石町には、小岩井農場もある。県内のスーパーに立ち寄れば、牛乳の種類は豊富だし,何よりヨーグルトの家庭用サイズが見た事も無いほど大きい。

 

その多くの製造住所が岩手県岩泉町。その中で、山地酪農と言う手法で牛を飼育している牧場があると聞き「なかほら牧場」を訪ねた。

岩泉町は、約2年前の台風の影響で大きな被害を受け、山道を進む途中、道路が抜け落ちたり、寸断されていたり工事は進んでいるものの悪路が続く。

迷いながら進むと小さな小牛がひょっこりと表われ、辺りを見回すとあちこちに小牛達が自由に遊んでいる。車の外に出ると一面にどこまでも広がる気持ちのいい草原。大地が生き生きとしていて生命力を感じる。

 

あいにく、牧場長の中洞さんは不在。スタッフの方に牧場内を案内して頂く事に。先ず驚いたのが、牛舎が無い。搾乳舎はあるものの、牛が滞在する小屋が無いのだ。つまり山全体が牛達の家。一年を通して山で過ごす。

牛は頭が良い。自分のお乳が張ってくると搾乳舎に自然と向かい、搾乳を終えると山に戻っていく。餌は、自生する野シバや山葡萄、搾乳時「おやつ」と呼ばれるペレット状の少量の餌は与えられるがそれ以外の物は見当たらない。

野シバは、横に這うように成長し、根が絡み合いそのおかげで地場が安定し強い山になる。そして牛が排泄した糞尿が肥料となる。

 

「このジープに乗ってください」とサファリパークでしか見た事の無い車に乗せられ広大な牧場内へ出発。するとすぐさま行く先に牛の群れが、「あかね!そこどいて!さくら!ちょっとさがって!」一頭一頭に名前がついているのだ。クラクションを鳴らしたりしても皆マイペース。あくまでも、牛のペースにこちらが合わせる。

運転しながら話は続く「山地酪農はとにかく牛まかせ、受精も分娩も手を貸さない、母牛は自分の力で子を産みます。生後数ヶ月間は母乳で育てるので小牛も健康で病気になりにくい」牛達を見ていると、小牛の横にはぴったりと寄り添う母牛の姿が。母と子の仲が非常に良いのも山地酪農の特徴の一つ。

自分の思うように、山を登ったり下ったり。時には、お休みをしたり。

自然のまま暮らす。四季とともに過ごす牛達から搾られる牛乳は、季節によって味わいが異なると言われ、私達が訪問した8月は夏草の爽やかさを感じる味わい。秋冬は植物が栄養を溜め込む時期になるため、脂肪分もやや増え濃厚さが増す。食べたものがそのまま味になる。「美味しい牛乳=濃い」では無いのだ。

大量生産とコスト削減のため牛舎に牛を押し込み、人工的に作り出された飼料を食べさせ、大量に搾乳する。なかほら牧場で搾る3~5倍の量を一頭から絞り取るのが一般的に流通している牛乳。

 

「例え家畜であっても、幸せになる権利がある。牛は工業製品ではない。」

中洞さんの考えのひとつだとスタッフの方が話してくれた。

山地酪農を全国に広めたい、その思いで続けてきた中洞牧場は2017年家畜福祉「アニマルウェルフェア」(AW)に認証された。家畜が健康的な生活を送る飼育法として数ある規定基準を大きく越えての認証であったと。

2020年に行われる、東京オリンピックで使用する食材もAWの観点から厳しく審査が行われると言われている。

のびのびと暮らす牛達。ジャージー種特有の、クリっとした目もそうであるが、何より可愛いのだ。愛情を持って育てられた事が、その表情と動きから伝わってくる。幸せになる権利は、人間の物だけではない。山地酪農の素晴らしさとともに、私達にその全てを捧げ続ける動物達との共存の仕方、今一度見つめ直さなければならないと感じた。

 

一関から始まった私達の旅。振り返って見ると岩手はどこか、可愛い。走っているバスの色、看板の文字、食事に使われている器や道具、郷土玩具。

幼い頃から国語の教科書には「雨ニモマケズ」と唄われ、大人も子供も自然と心の大切な部分に宮沢賢治が宿り、皆それぞれの理想郷を持っている。

 

数々の食材と人々との出会い。そのすべてを、岩手定食に散りばめよう。

膨らむ気持ちを胸に、盛岡から最終新幹線に乗り岩手取材を終えた。

 

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【d design travel showと岩手を食べる会】
開催日:2018年10月25日(木)
場 所:8/COURT、d47食堂(渋谷ヒカリエ8F)
参加費:6,000円(岩手号1冊付き、ドリンク・フード込み)
定 員:80名
<第一部>トラベルショー@8/COURT
19:00~20:00(開場 18:00~)
<休憩>ミュージアムツアー@d47 MUSEUM
20:00~20:30
<第二部>岩手を食べる会@d47食堂
20:30~22:00
問い合わせ先:d47 design travel store(TEL:03-6427-2301)
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