山口久乗 見学レポート

d富山店では、毎年「富山プロダクツ」に選定された商品をギャラリーでご紹介しています。「富山プロダクツ」とは、富山県内で企画、製造される性能、品質およびデザイン性に優れた工業製品を選定し、国内外に向けて広く発信してく取り組みです。2019年は、新たに17点の商品が選定されました。

 

山口久乗の「アストロリン」も、富山プロダクツに今年選定された商品のひとつです。

山口久乗は、明治40年創業の仏具専門の問屋さん。特に「おりん」に力を入れており、伝統的なおりんから、おりんの音を生かした「どありん」など現代の生活に合わせた新しいおりんの提案をされています。


d富山店でもオープン当時から紹介しています。

今回、新しく作られた「アストロリン」は、おりんの音の響きにこだわる山口久乗が、究極に良い音を追求し作ったもの。一般的なおりんと異なり、パラボラアンテナのように傾いた姿が特徴的です。鳴らしてみると、高く澄んだ音が長い余韻を響かせて、音がゆっくり消えていくまで、じっと耳を傾けていたくなります。

この究極の良音を生み出した背景を伺いに、高岡市にある山口久乗を訪ねました。
出迎えて下さったのは、営業の外川裕記さん。

案内されて入口の扉をあけると、玄関にまずおりん。

1階のフロアにもおりん。

2階のショーケースにも、おりん、おりん、おりん!

昔ながらの古いデザインのものから現代的なデザインのもの。小さなものから、お寺にあるような大きなものまで、あまりの種類の多さに、びっくり!!神道の家で育った私は、一応家に仏壇はあったものの、仏具は質素なものしか見たことがなく、こんなにたくさんのおりんに囲まれてやや興奮気味。

「おりんにも様々な種類があって、大きさやデザインだけでなく、音も全然違います」と、外川さん。ショールームにある色んなおりんを取り出して鳴らして頂くと、低く柔らかい音から、高く澄んだ音まで様々。仏壇のメーカーさんだけでなく、一般のお客様も、自分の好みの音を探しに足を運ばれる方もいらっしゃるそうです。

「私たちは、音のスペシャリストです」と話す山口久乗では、おりんの持つ音の響きを科学的にも分析されています。おりんの本体は金属で出来ていますが、山口久乗のおりんの音には、「f分の1のゆらぎ」というものが含まれていることが分かったそうです。「f分の1のゆらぎ」とは、自然界だと波の音やせせらぎの音、小鳥のさえずりなどにもあるもので、人が心地よい、と感じる音のこと。確かに、おりんの音を良く聞くと、長い余韻の中にゆらぎが含まれています。おりんの音を聞いた方が、よく「心が落ち着きます」と仰ることがありますが、それにはちゃんとした理由があったのですね。

おりんが持つ伸びやかで心地よい音は、当たり前ですが金属であれば何でも鳴る訳ではありません。良い音を作るためには、まずは形。形は大きいものは低く小さいものは高い音になります。厚みも大事で、厚みがあると深く低い音に、薄いと高く軽やかな音に。特に、縁の部分が重要で、見た目では殆どわかりませんが、厚みをあえて不均一にし、良いゆらぎを生み出す設計になっているそうです。

さらに材質もとても重要で、山口久乗のおりんには、独自に研究し配合を考えた合金が使われており、良い音の秘訣になっています。見た目はとてもシンプルなおりんですが、良い音を生み出すために、深い研究と緻密な設計がなされていることに驚きました。

さらに、おりんは本体だけでなく台座や撥とった道具も大切。台座は飾りではなく、撥があたったときの衝撃をしっかり受け止めるために大切な道具。台座が安定していないと良い音が鳴りません。「アストロリン」の台座には、真鍮が使われているため、見た目は小さいですが重く安定感があり、撥があたっても、ぐらつかず良い響きを出せるようになっています。

撥も、様々な材質があります。


右から、石・木・木・ガラス・布・布・ラバー。

おりん本体は同じでも、撥が違えば音も変わります。例えば、ラバーだと丸みのあるやわらかな音になり、木だとくっきりとした響きになります。「アストロリン」に使われているのは、ケヤキ。

木製の撥は、高く澄んだ音が出せるだけでなく、ラバーと比べて軽い力ではっきりとした音が出しやすいというメリットもあるそう。小さなお子様やお年寄りでも、どんな方が使っても良い音がなるように、という思いから選ばれたそうです。

そして、「アストロリン」最大の特徴である傾きにも良い音を響かせる為の理由がありました。良い音を鳴らすためには、素材や形に加えて、叩き方もとても大切。おりんは、縁の部分が鳴るため、撥をしっかり縁にあてないと良い音がでません。ですが、銅の部分を叩いてしまったり、意外と正しいおりんの叩き方を知らない方もいらっしゃいます。

どんな方でも自然に叩いていちばん良い音が出せるためにはどうしたら良いか、と考えた結果、おりんを傾けることで、自然と撥が縁にあたる構造を思いついたのだそうです。おりんにも正しい叩き方があるということは、なるほど、と思う反面、堅苦しいなと感じる方もいらっしゃるはず。この60度の傾きには、難しいことを考えずに自然な形で良い音を楽しんでほしい、という山口久乗さんの音と使い手への思いが込められています。

取材の後半、偶然にも社長の山口敏雄さんにお会いすることができました。山口さんの言葉でとても印象的だったのが「心を良い方に整えていく」というお話でした。「例えば、神社で合格祈願をすることがありますが、その結果、不合格だったとしても神社にクレームを入れる人はいませんね。それは、神社に祈ることで奇跡を期待しているのではなく、大事な場面で自分の持っている力がちゃんと発揮できるようにと祈っているからです。祈ることで、不安な気持ちを落ち着かせて、自分を良い方向へ整えていく。おりんを鳴らすことも、そういうことだと思います。おりんは仏具であり、金属の音は昔から邪気を払うとも言われてきました。そういった意味合いも大切ですが、おりんを鳴らし、その音に耳を傾ける、という一連の所作が日々の生活に取り込まれることで、自分の心を意識的にまたは無意識に、良い方へと整えられていくと思います。」

おりんの音はとてもシンプルです。ひとつの長い音が、数秒間響く。音楽のような複雑さはないけれど、シンプルだからこそ、自然に音に集中できるような気がします。山口久乗さんのおりんの音へのこだわりは、おりんの音を通じて、人の生活を豊かなものにしていきたい、そういう思いの表れなのだと感じました。

11月30日(土)には、今回ご案内頂いた山口久乗の外川さんがd富山店にいらっしゃり、通常店舗には置いていない様々なおりんをお持ち頂きます。ぜひ、実際の音色を聞き比べて頂き、お気に入りの音を見つけてみて下さい。