高岡民芸株式会社

富山県内で企画、製造される性能、品質およびデザイン性に優れた工業製品を選定し、国内外に向けて広く発信してく「富山プロダクツ」。2018年の選定品の中に、見慣れない形の菅笠がありました。

整った六角形の形は、いわゆる「民具」の菅笠とは違う、そのまま壁にかけて飾っても様になる形。これまで、菅笠に関心を持ったことは正直あまりなかったのですが、今までに見たことのない形に惹かれ、実際に高岡にある「高岡民芸株式会社」を訪ねることにしました。

案内して下さったのは、菅笠作家の中山孝志さん。

高岡の方なら、ご存知の方は多いはず!そう、高岡ケーブルネットワークの番組「高岡しっとる検定」に奥様の安藤有希子さんと出演されている方なんです。実は、中山さん、津軽三味線芸人としても活躍されていらっしゃって、とっても多彩!!

上下白の作務衣で出迎えて下さった中山さん。普段から菅笠を作るときは、必ずこの服装で臨むそうです。白では汚れてしまうのでは?と思って伺うと「白は染まりやすいからいいんです。周りの色々な言葉に染まりすぎないように、敢えて白を着ることで、その思いをいつも保つようにしています」とのこと。なんだか、修行に励む僧侶のよう。

作業を見せて頂く前に、ぜひご案内したいところがある、ということで車で移動すること約5分。どこに行くのかな、と思っていると、案内されたのはなんと神社。

大澤神社といって、この地域の中心的な社なんだそうです。水を祭る神様ということで、敷地内には湧き水も。

祠自体は小さいものですが、場所全体が大きな社のようで、神秘的で迫力のある場所でした。

中山さんは、毎年作品を作り始める前に必ずこちらに来て、良い作品が作れるよう手を合わせてから作り始め、そして作り終わった後にもまたお参りに来るのだそうです。何か修行をされている雰囲気がここでも。

工房に戻る前に、菅笠の材料である「菅」の畑を見せて頂きました。高岡民芸のある地域は「麻生谷」という名前がついています。これは、この地域で古くから麻や菅が育てられてきたその証。普通、菅笠は分業で作られるため、菅笠職人が自身で菅を栽培することはないそうですが、中山さんは昨年から栽培を始め、今年は全部、自分で育てた菅で作るのだそう。栽培責任者は、奥様の有希子さん。

菅の畑は、稲作のたんぼのすぐ脇にありました。田んぼに比べると小さいですが、この広さで100個分の菅笠の材料がとれるそう。すごい!訪れた11月下旬は、菅の収穫が終わった後でしたが、刈り取られた株から、少しだけ菅が伸びていました。葉っぱの様子は稲とよく似ていますが、稲よりも少し肉厚で丈夫な感じ。

葉っぱを触ろうとすると、すかさず中山さんから「気をつけて!」と一言。菅は、触る方向によっては、手がスパッと切れてしまうのだそう。恐る恐る触ると、確かに根本から葉の先端に向けて触るとつるつるですが、逆方向に撫でると、チクチクひっかかりが。これは思いっきり触ると確かに危なそうです。

刈り取った菅は、天日にあてて干し、色を抜き、菅笠の材料となります。天気にもよりますが、完全に色が抜けるまで1週間程度はかかるそうです。

こちらが出来上がった菅。

自然のものなので、善し悪しがあり、中山さんは特に良い菅を選別していました。左が普通の菅、右が特に良い菅。

写真ではちょっとわかりにくいですが、良い菅は肉厚で丈夫、しなやかさがあり、素人目でみてもきれいだと感じました。こういった選別は、普通の菅笠づくりではやられないものですが、中山さんは「きれいなものを作る」を第一に考えている為、選別の手間を惜しみません。

菅笠づくりの工程は、大きく分けて骨を作る工程と、縫う工程に分かれます。通常は、骨は骨、縫いは縫いで別々の職人さんが行いますが、中山さんはすべて自分ひとりで作られています。その理由も「きれなものを作る」ため。

訪れた日は、ちょうど骨を作る作業の日だったので、工程を見せて頂きました。骨に使われているのは竹。敷地内には、骨に使う竹がストックされていました。

まずは、この竹から、材料を切り出します。仕事道具は、意外にもとってもコンパクト。このボックスにすっぽり納まっています。

まずは、外側の皮を削ります。

この作業も、通常であればやらない作業ですが、中山さんは削る。理由はもちろん「削った方がきれいだから」。幅をコンパスではかり、鉈で割っていきます。

するする割れていきますが、これが均一に、きれいに割るのは難しいそうで、センスがいる作業なんだそう。細く割った竹を、さらに刃物と刃物の間に通して、さらに均一の太さにしていきます。

この幅を揃える作業も、竹細工の手法などを独自で学び取り入れたもの。刃物で厚みを整えたら、材料の出来上がりです。

今度は、竹を笠の形に組んでいきます。
まずはナイフで竹を削り、爪を作ります。

今回作って頂いたのは「富士笠」という形。

(こちらが完成形)

富士笠はてっぺんが平らな形なので、その形になるよう竹を曲げていきます。電熱器で温めながら少しずつ曲げていきます。

この温めて曲げるという手間も、中山さんが独自で取り入れているもの。温めないで曲げると、曲げた箇所に筋が入ってしまうことがあるのですが、温めると筋がつかず曲げた箇所もきれい。

(上が温めずに曲げた竹。折り目に白い線が出来ている。下が温めたもの。筋がなく滑らか。)

とても細かいところですが、ここにも「きれいなものを作る」という信念がにじみ出ています。

 

外側の縁になる部分を作っていきます。

縁にナイフで切れ込みを入れて、骨になる部分の竹を差し込んで行きます。

先ほど作った爪は、この切れ込みに挿しやすくするためのもの。さす順番も、作る菅笠の形で違ってくるんだそうです。

6本の骨を組むと、富士笠の骨が出来上がり!

この骨に菅を巻いて、縫い付けていくと菅笠になります。こちらが菅笠の縫いの工程のミニチュア。上段左から順に菅を縫っていきます。

実は、中山さんに教えて頂くまで、私は菅笠はカゴのように「編む」ものだと思っていました。実際は、骨にあわせて縦・横で菅を並べ、上から糸で針と糸で縫い付けていきます。

熟練の職人さんでも、骨組は1時間で1個、縫いに関しては1日で3個程度が限界なんだそう。それほど手間ひまがかかるものですが、実際に今売られている菅笠の相場は、1個4,000~5,000円程度。菅笠職人の修業を始めてからこの事実を知り、これではとても続けていけない、と感じた中山さん。同時に、菅の美しさにも魅了され、それならばと、これまで荒物であった菅笠を「工芸品」の域に押し上げよう、と考えられました。

随所に見られる中山さん独自で加えられた手間ひまは、菅の美しさを最大限に引き出し「工芸品」として「きれい」だと言ってもらえる菅笠を作り出すため。そして、「工芸品」を意識して新たに考案されたのが冒頭でもご紹介した六角形の菅笠「六方」です。

基本の形は「富士笠」と同じですが、縁の部分を直線に加工し、てっぺんの六角形を縁の六角形より少しずらすことで、独特のねじりが生まれています。これまでにない新しい菅笠の形は、「富山プロダクツ」の選定品になる他、「工芸都市高岡2017クラフトコンペティション」においても「奨励賞」を受賞しています。

菅笠というと、どうしても現代の生活の中には取り入れにくいものだと思っていましたが、中山さんが作る「六方」は、このまま壁にかけて飾りたい、と思わされます。そして、取材してさらに感じたのは、これから中山さんが作り出す菅笠をもっと見てみたい、ということ。荒物やお土産、衣装として使われてきた菅笠ですが、もっと違う形、現代の生活の中に取り入れたいと思わせるものが見られるのではないか。中山さんのモノづくりを間近でみると、そんなワクワク感が満ちていました。

最後にちらっと、今後の挑戦のことをお聞きすると、やはりこれまでの菅笠にない色々なアイデアを試行錯誤中とのこと!中山さんが生み出す現代の新しい菅笠、これから大注目です。