福島定食ができるまで(5)石橋糀屋

清水薬草店を出ると、朝から降り続いていた雨は止んでいた。表の通りに出れば、正面には待ち構えるかのように聳え立つ飯豊連峰が。その一つである飯豊山(いいでさん)は、地元の人々からは「いいとよさん」と親しまれ、古くから信仰登山の対象とされてきたそうだ。ちなみに、飯豊の由来は雪を纏った山肌が、飯を豊かに盛った様子に見えることからとも言われている。昔、人々が見ていた景色は今も変わらず、真っ白くつやつやの白飯が盛られた山々が福島の人々を見守っている。

喜多方市から南下して再び、会津若松市に戻ってきた。ここには、以前「麹づくし定食」※でお世話になった「石橋糀屋」さんがいらっしゃる。
※2019年 d47 MUSEUM「発酵展」期間中に提供した「発酵定食」のひとつ

石橋糀屋さんは石橋恒男さんと知子さんのご夫婦二人で営む糀屋だ。遡れば江戸時代末期になるほど100年以上前から続いている。d47食堂でも度々石橋さんの作る味噌を定食の味噌汁でお出ししているが、食堂のお客さまにも石橋さんの味噌を気に入って買ってくださる方が多い。ちなみに私もその一人で、入荷した時は必ず購入している。

名前に糀とつく通り、石橋さんの仕込みは糀づくりから始まる。

そもそも「こうじ」には「糀」と「麹」の2種類があるが、その違いは成り立ちの起源にある。麹は中国から伝わった文字に対し、糀は日本で作られた国字にあたる。特に米だけでつくる「こうじ」は「糀」と表記されるそうだ。米糀で作られるのは、日本酒やみりん、米味噌や甘酒と幅広く、日本食には欠かせない存在となっている。そして、会津の郷土料理の一つである「三五八漬け」も米糀が元となる。

三五八漬けは、米どころである福島だからこその贅沢な料理。塩、糀、米を3:5:8の割合で漬け込むことから呼ばれているが、石橋さんでは塩3:米5:糀8と糀の割合が大きい。その方が糀も多く甘味も増すことから代々この割合でつくられているそうだ。一般的には作りたてのものを使うが、石橋さんは仕込む季節によって期間を変えつつ、約一年熟成させて旨味をのせている。

三五八漬けは野菜だけでなく、肉や魚などをつけても美味しい。「仕込んでおいたんです。」と漬けておいた鮭や鶏肉を振る舞ってくださった。

「三五八漬けは、野菜の10%の量を入れればいいんですよ。」と知子さん。三五八漬けに漬けておくだけで野菜や肉は柔らかくなり、お米の甘みと塩がいい塩梅で染み込むため、他の調味料はいらない。その日いただいたかぶはとても甘く、鶏肉も柔らかく食が進む。ここにご飯があったら、おかわりまでいけそうなほどおいしくいただいた。

石橋さんのご好意で、奥の糀室も見せていただくことに。

ちょうど中では米糀づくり初日の工程「床揉み」の作業の合間。これは糀菌がついた米を温度のムラが無いようによくかき混ぜ合わせる作業だ。朝から晩まで1日3回ほど作業を行いながら米糀の発酵を見守る。奥には掛け布団があり、白い布に包まれているお米は人が寝ているようにも見えた。

「よかったら触ってみてください。もう暖かくなっていますよ。」おそるおそる手を入れてみると、中は暑すぎず気持ち良い暖かさになっていた。お米はパラパラとしており少し固い。最初は蒸したお米に種糀をまくため米に粘りがあるが、発酵が進むと徐々に感触も変わるそうだ。糀作りが始まると2~3時間しか寝れないという石橋さん。夜遅くまで、糀が発酵していく様子を見守っている。

糀室の部屋のなかには、前日お伺いした鈴木醤油店さんと同じく「糀蓋」が積み重ねられていた。米糀を発酵させるには空気や菌の通り道が必要。そのため木材の糀箱を使って温度の調整をしなければならないそうだ。石橋さんでは杉の糀箱を用いており、底の面には木の柾目を使っている。というのも、木の年輪の間がだんだんと凹み、そこから水分を補ったり湿度を調整することができるのだ。糀は生きている、だからこそ同じ自然もので応えなければならないのだろう。

今月の食堂の味噌汁は石橋さんの仕込んだ「十五割糀味噌」だ。毎日いただくこの味は、飲むたびに体の中心からほっと落ち着くやさしい味わい。この味噌にも糀の割合が一般的な味噌作りの糀の量より多く使われている。「機械はなるべく使いたくないんです。時間はかかるけれど、人の手でつくりたい。」そう語る石橋さんの穏やかな優しい声には、いつも糀作りに向き合う真っ直ぐな想いが溢れている。

石橋さんのつくる味噌や三五八漬け、どれを食べてもやさしくおいしい理由は、きっと糀たちがその想いに答えてくれているのだろう。

石橋糀屋
福島県会津若松市御旗町3-26 MAP
石橋糀屋HP


「福島定食」ができるまで
D&DEPARTMENT PROJECTが、47都道府県それぞれにある、その土地に長く続く「個性」「らしさ」を、デザイン的観点から選びだして紹介するデザイントラベルガイド『d design travel』。30県目の節目となる、今回の目的地は「福島県」。d47食堂では、『d design travel』の発行毎にテーマとなる県の定食を提供しています。今回の旅は、「福島定食」を完成させるため、福島県でたくさんの場所や人を訪ねました。現地を訪ねたd47食堂スタッフによるレポートをお届けします。(全10回予定)


\ 福島県の観光スポット、旬の地域情報が満載! /
福島県観光情報サイト「ふくしまの旅」 → 詳しくみる
デザイン観光ガイド『d design travel』 → 詳しくみる