わざわざ行く店

自分たちが「おいしい」と思うものをつくり、わざわざ行く場所にありながら、「どうしても買いたい!」とみんなが行っちゃうようなお店をつくっているお二人。そこでなければできないことを実現しながら、仕事や暮らしもバランスよく立てていくヒントを教えていただきました。

登壇者:宮本篤(USHIO CHOCOTATL)
+渡邊麻里子(タルマーリー)

聞き手:伊藤菜衣子(暮らしかた冒険家)
+竹内昌義(建築家/東北芸術工科大学教授)

 

この環境でなければできないものをつくりたい

渡邉(渡邉麻里子 以下、渡邉):千葉県で「タルマーリー」というパン屋をスタートし、岡山県を経て、鳥取県の智頭町に移転しました。最大のポリシーは、野生の菌だけで発酵させること。現在は家族4人で暮らし、私たちの他に7名のスタッフがいます。智頭町は、町の94%が山林。山と田んぼしかありません。山奥で水源に近く、空気もおいしい。こういう環境でなければできないものをつくりたかったんです。

豊かな森から流れるきれいな水を使ってパンや地ビールをつくり、肥料も農薬も使わずに自然栽培した素材を使って。そんな農法が広がれば地下水も汚染されず、生態系も守られる。野生の糀菌は、蒸したお米を綺麗な環境に置いて採取します。より良い野生の菌が採集できる好循環を生んでいきたいと思っています。

高さ6メートルある製粉機を設置することも、移転の理由の一つでした。近隣の農家からきちんとした原料を直接仕入れたいけれど、小ロットだと製粉してくれる会社もないので。クラフトビールをつくりたかったということもあります。タンクの下に澱(おり)が貯まるので、そのビール酵母をパンに活用しています。智頭に移転しビール酵母を使った製法に変え、パンがすっきりとした味わいになりました。

立地としては山奥だし集客は難しい。でも、ここじゃないとできないものをつくれば、どこからでも来てくれるんだって思い込んでやっています。ここへ来てもらって、この世界観を感じながら食べていただけたらうれしいなと思います。

 

子供の教育環境を変えたい

渡邉:子供たちの教育環境を変えたいというのもありました。仕事が忙しくて保育園に預けながらやってきましたが、これでいいのかなって。智頭町には、「森のようちえん まるたんぼう」という保育園があるんです。遊具がないと遊べなかった息子は、1年通ううちに、高い木に登れるようになったし、山菜を採ってくるようになって。

2018年で店が10周年を迎えるんですが、私がレジをやりながらおんぶしていた娘も、小学校6年生。店を手伝ってくれるようになりました。自分たちが働く姿を見せてこれてよかったのかなって、今は感じています。

 

農家・農園が一番のアーティスト

宮本(宮本篤 以下、宮本):広島県の尾道にある向島(むかいじま)という瀬戸内海の小さな島に、2014年に友人2人とチョコレート工場「USHIO CHOCOLATL」をつくりました。工場からは、海と空が見えます。よく「なんでこんなところでやってるの?」って聞かれるんですけれど、偶然なんです。30年位前に建てられた、尾道市が運営する建物があって。その一部分を誰か使いませんかという募集があって…。そこからのビュー(=景色) がいいんで、即決しました。

テイクアウトドリンクも出してます。わざわざ行かないと来れないところなんで、「チョコレート買っておしまい!」じゃなくて、ビューも含めて味わってほしいなって。俺たち、農家さんが一番のアーティストだと思ってます。彼らが魅力的な素材を生み出していて、そのかっこよさを、俺たちを通してみんなへ届けたいなというのがあって。メンバーは、現在、俺たち3人以外に少しずつ増えています。周りには、面白い奴しかおらんのです。

 

好きなものは売れる!

宮本:うちのチョコレートは、基本的にカカオ豆と砂糖(ブラジル産のオーガニックシュガーと〝和二盆" だけでつくってます。

和二盆とは、愛媛県四国中央市で無農薬栽培された砂糖きびから、USHIO CHOCOLATL 用に黒糖の香りやクセを特別に残してつくっている、和三盆ならぬ「和二盆」。

健康志向じゃなくて、それがうまいと思ったからです。うまいチョコレートをつくるときに何が必要かなって思ったときに、良いカカオ豆が要るなと。2014年当時は、あまりカカオ豆が流通していなくて。じゃあ、採りに行くか、と。

俺がパプアニューギニアに行き、中村真也(USHIO CHOCOLATL 創業者)がグアテマラへ。グアテマラの農園とは、2年越しで豆の購入を交渉しました。USHIO CHOCOLATL は小規模でやってるんで、それぐらいの量ならいいよっていうのと、現地に通い詰めていたので信頼感があるから送ってくれる、という流れになりました。このころはチョコレートの知識は、ほぼ無かったです。でも、かじってるうちに、うまいとかまずいって、わかってくるんですよね。

結局、好きか嫌いかで判断するしかないですもん。自分が好きなものだったら、なんぼでも売れる。恋人や家族に「ちゃんと金払って買ってくれ」って言えるものじゃないと。この後、会場のみなさんにチョコレートを配ります!お配りするのは、「ガーナ」と「ベトナム」。「ガーナ」はココナッツミルクみたいな甘さで、カカオ豆と砂糖の粒をわざとザクザク残しています。

カカオ豆をすり潰す工程があるんですよ。これは優しくすり潰して、食感も楽しんでもらうのが狙いです。「ベトナム」は、レーズンみたいな酸味の強いチョコレート。豆の個性が活きるように焙煎して、焙煎に合った砂糖を選んで加えて。カカオ豆は産地別に食べ比べてもらうと、一番脳ミソをぱっくり直撃します。産地が変われば、味も変わる。食べものだったら当たり前のことなんですが、シンプルにつくられたものだからこその面白さがあります。チョコレートも当然そうなんです。

 

今の仕事を選んだ分岐点

渡邉:私は小さい頃から田舎で家族とものづくりがしたいと思っていました。ある日、主人が「パン屋になる!」と言い出して。まさに分岐点(笑)。結婚して田舎で暮らしたいけれど、どうやって暮らす技を身に付けるか?30歳も過ぎてからの料理人への道は厳しいと言われたりして…。でも、パンがやりたいんなら良いんじゃない?って。結婚すると同時に主人が近所のパン屋さんで働いて、最終的に代々木八幡にあるルヴァンで修行して。

宮本:(代表の)中村は今から7~8年前、福岡から天竺(てんじく)を目指してチャリンコで走ってたとき(一同、笑)、尾道が居心地ええなって居ついて。僕は、東日本大震災がきっかけで、ぱーっと西へ行こうって思って尾道へ引越して。ともに経営している栗本雄司は、広島生まれで音楽好きのギタリストで、尾道って面白そうだなって移ってきて。僕がいつも酒飲んでクダ巻いてる店で働いてたのが中村です。

ある日、「俺、今年でこの店やめんねん。チョコレートつくんねん。一人でやるの嫌やから一緒にやらへん?」って。本当は堅気の仕事につきたかったんですけど、そのとき食べさせてもらったチョコレート、とにかくうまいと衝撃を受けました。俺の思っていた「チョコレート感」をぶっ壊された感じで。30歳過ぎてぶっ壊されるってこと、あんまりないなって。まだこんな知らない世界があるんだって、ゾクゾクしましたね!

そのとき食べさせてもらったチョコレートは〈マストブラザーズ〉と〈ダンデライオン〉。カカオの焙煎から全ての工程をショコラティエまたは工場で手がける、ビーン・トゥー・バーチョコレートの先駆け的ブランド。ともにアメリカ発。

 

「わざわざ行く店」で、有利なことと不利なこと

渡邉:有利なことは、智頭町の豊かな自然環境。鳥取市内、岡山市内。関西、東京…、一番遠くだと、タイからいらして下さった方もいます。自分たちのことをきちんと言語化しないとわざわざ来てくれないような田舎なので、おかげで本[『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(渡邉格著、講談社)]も出版できて。それが有利といえば有利かもしれません。

宮本:有利なことはビューが良いこと。おかげさまで、工場へ足を運んでくれる人も多いですね。不利なことは、ダラダラしすぎることですかね。監視の目もないから。たまに、俺が遊びすぎて、みんなに怒られる日がある(笑)。俺たちのチョコレートって、けっこう安いと思ってます。俺が面白いなって思ったように、みんなに面白い食べものを広めたくて。俺たちのチョコレートじゃなくてもいいけど、それがきっかけで好きなものを見つけてもらいたい。

一般的なビーン・トゥ・バーの板チョコレートの相場は都内だと1枚=約1300~1600円。比べて、USHIO CHOCOLATL は1枚約700円。

―――安く販売できるのは、家賃とも関係がある?

宮本:あります。最近、古民家を購入して焙煎所を分けたんですが、この場では言えないほど安い金額で手に入れました。自分たちの職場を自分たち用に発展させやすいのもメリットですね。やりたいことをすぐに仕事に反映できるのが、楽しいんで。そうじゃないと続かないし。

 

おいしい・安全は当たり前。味覚よりも感覚

宮本:世界のチョコレートを集めるっていうより、食べ比べる面白さを伝えたかったんです。おいしい食べものっていっぱいあって、好みもあると思います。味覚なんてものを、僕は信じてなくて、でも、感覚は信じてます。

渡邉:いい加減ですよ、味覚なんて。いつもおいしいなって思って食べていた回転寿司をテイクアウトしたら、美味しくなかったんですよね。

宮本:寿司が回転してるのが面白いんですもんね。

渡邉:高揚感がたぶんあって。楽しいなって気分で食べるからおいしい。うちも、山を眺めながら、おいしい空気の中で食べるからおいしいって感じてもらえるのかもしれません。

宮本:おいしさとか、安全はもう当たり前の時代だと思います。

渡邉:そうそう。身体にすんなり入ってきて、毎日食べてもなんだか疲れない。体になじむ食べものをつくることを目標にしていますね。

―――指折りのおいしい店の店主が、こうおっしゃるのって面白い!違うタイプのお二方かと思いきや、共感している部分もあるんですね。

 

どんな未来があるといいか

宮本:こんなバカでも、面白くやれてます(笑)。だから、もっとしっかりした人や資金がある人たちは、もっと、やってもいいんじゃない?って感じです。「俺たちの方が面白い」「いいものつくれる」って。チョコレートの世界だけじゃなくて。俺たちを踏み台にして、マネしてもらって、もっと素敵なものが広がればいいなぁ、なんて。

渡邉:共生社会に繋がるような、土を大事にして、耕して、土から生まれる未来。土台を築けば、これから生きていけるっていう安心感が生まれるから。都会の感覚でいえば、田舎って地域社会の煩わしいこともあるんですけれど、共生していくのが前提。

こんなド田舎でも勝負できるってことを体現したくて。田舎で地域資源を活かすものづくりをしてみると、自分の人生でできることって限られているなぁ、じゃあ次世代にどう引き継いでもらえるだろう…と長いスパンで物事を考えられるようになってきました。そういう世界観をみんなで持てるようになっていけたらいいですね。

 

―――取引で、苦労している点は?

宮本:商社さんから買ってるカカオ豆ですね。 ロットによってカカオ豆の品質の差が大きかったり。取り扱いしている全てのカカオ豆の生産地に行ければ良いんですけど、自分たちだけで全部行くのは難しくて。お客さんがいろいろと選べるように、味わいの間口はいっぱいあった方がよくて。究極のチョコレートじゃなくて、面白いチョコレートをつくりたいなって。

 

―――商社から買うときも、ロットが大きい方が良いものが届くのかな?

宮本:ロットの大きさかどうかわかりませんが、取引先によって、優先順位はあると思います。最近は、俺たちがうるさく言うから、良いものを回してもらえています。下手なもん出すぐらいだったら、その産地のチョコレートは売り切れにしてしまいます。

渡邉:よく「東京に店を出せば?」って言われますけれど、無理無理! 私たちのパンは大量生産できませんし、そもそも都会では野生の糀が採れないし。製粉機や大型冷蔵庫、酵母を管理するスペースも必要だから、家賃が安いところじゃないと、とても採算が合わないです。パンは安くなきゃいけないというのが世の中の常識だから……。

宮本:大量に出回っているものが、安すぎるんですよね。普通に考えたら、あんな値段で出せるわけないです。パンであってパンでないもの、チョコレートであってチョコレートでないもの。俺たちがつくっているのは「カカオ豆を原材料としたおいしい何か」と思ってもらえればいい。そうすると、すごく幅が広がるんですね。チョコレートってこんなもんだって、自分で勝手に線引きして、味わい方を小さくしてるだけなんです。

子供たちに残したい未来のかたち

渡邉:うちの子たちはパン屋の子供として育ってきたので。田舎の職人の家で生まれ育った土壌をいかして、ものづくりをしてほしいです。外へ出たとしても、いつかは智頭町に帰ってきてほしいから、帰ってきたいと思えるような場所にしたいですね。

宮本:いろいろしんどいことがあると思うけど、何に関しても笑い飛ばせるようなものを残せたらいいなって思います。「今日ケガしたわー、アハハ」って。本当はむっちゃ痛いのに、アハハって。「人という字は…」じゃないけれど、四六時中、仲良しじゃなくていいから、必要なときにぐっとお互いを支えられる世界を残したいな、と。

 

※本テキストは、2017年に開催された『NIPPONの47人 2017 これからの暮らしかた Off-grid Life』トークイベントをまとめた書籍の一部を再編集したものです。

書き手:鈴木徳子

 

●登壇者

宮本篤(USHIO CHOCOLATL) Web / Instagram

1981年、兵庫県生まれ。映画の世界に憧れて高校卒業後、上京。編集プロダクションを経て、2011年、広島県へ移住。広島県尾道市・向島の山の中腹に、友人2人とチョコレート工場「USHIO CHOCOLATL」を設立し、2019年まで在籍し、チョコレートピエロA2C(あつし)として活動。カカオ豆の仕入れから板チョコレートの製造・販売を手がけた。

渡邉麻里子(タルマーリー) Web / Instagram

1978年、東京生まれ。2008年、千葉県でご主人の格さんとパンの店「タルマーリー」を始める。現在、鳥取県智頭町に移転し、野生の菌でパンとクラフトビールを醸造。「作れば作るほど、地域社会と環境が良くなっていく」食づくりを目標に、地域内循環を目指す。

 

●関連イベント

毎月第3土日
自家製天然酵母タルマーリーのパンとビールが届く日

dたべる研究所d47 MUSEUMの店頭にタルマーリーのパンが並びます!様々な野生の菌が活きた香り豊かなパンを、ぜひこの機会にお楽しみください。

詳細

●関連書籍

『NIPPONの47人 2017 これからの暮らしかた Off-grid Life』

¥1,100円(税込)【詳細

d47 MUSEUM 企画展「NIPPON の47人 2017 これからの暮らしかたOff-grid Life」の公式書籍。食べもの・住まい・仕事・まちや場所・メディア・エネルギーに関わり、既存のルールに縛られず、新しい暮らしを実践している47人(各都道府県代表)をご紹介。ご機嫌に暮らしながら、未来のことを考え、社会に貢献している、そんな47名へQ&A方式でインタビューも掲載しています。未来を考えるきっかけとなる一冊です。

『NIPPONの47人 2017 これからの暮らしかた Off-grid Life トーク集』

¥1,430(税込)【amazon

渋谷・d47 MUSEUMで開催された「これからの暮らしかた?Off-Grid Life?」展。期間中に開催された限定イベント、全13本のトークを書籍化。住まい・食べもの・エネルギー・働きかた・まちづくりなど、多種多様なジャンルに最前線で関わる活動家から伺ったお話は、暮らしのヒントがたくさん詰まっています。