メルセデスベンツはドイツの街並にもっとも似合うデザイ…

2010年4月23日 11:26更新

最近、デザインの話しをすることがしんどくなってきた。疲れたという意味ではなくて、「デザイン」という言葉が持つ意味が、いわゆる業界の中の意味では説明のつかない、一般の人にとっての新しい言葉なのか、なにかがないと、普通の人と会話がうまくできないことを、いろんな場所に言って思う。

例えば、D&DEPARTMENTの新しいプロジェクトである「d design travel」というデザイントラベル誌の取材のとき、よく「デザイン」という言葉が機能しないことがある。もちろん、僕が持っている「デザイン」が正解だとは思っていないけれど、いやしかし、人は自分の「デザイン」を「デザイン」だと思っていて、国によってもそれは言葉は一緒でも意味が違い、願いとしての「デザイン」の位置づけはあるのですが、どうも、人によって、地域によって幅がありすぎる。

取材先でこういう言い方で人に聞く。「デザインが絶妙に取り入れられたカフェとかないですか?」「この土地らしさが取り入れられている、ちょっとデザインセンスのいい場所はないですか?」

まだまだ、僕の表現に問題があるのだろう。こんな質問をして紹介される店や人は、大抵、僕が探しているものと全然違うのだ。

トラベル誌で取り上げている場所には5つのポイントがある。

1 その土地らしさがあること。風景や土地で取れるものの提供でも可

2 その場所からのメッセージがあること。

3 価格が適正であること。

4 その土地の人がやっていること。

5 継続する仕組みがあること。


トラベル誌なので、他県からやってきた知人を例えば連れて行きたいと思う場所である。そんな時、東京から来た友達を、東京にありそうなカフェに連れて行っても、「お、おまえの田舎もかっこいいのあるじゃん」とは思われても、それは誰でも作れる。それよりも「おもしろいな、ここ。なんか、東京も負けてはいられないね」と言われるような、土地ならではのオリジナリティにあふれたクリエイションがあって欲しい。


こんなことを繰り返していて、もしかしたら、これって、「DESIGNのこと??」と、考えるようになった。

工業製品化して、全国的な視野による規格された「デザイン」を、なにかとそう呼んで、イコールにしてきたけれど、その言葉の中に、「らしさ」という要素や、もっと言うと「継続性」という要素も、デザインという意味の中に入れ込んでもいいのではと思う。

そういう場所の取材をしていて、この5項目をいちいち説明するのがしんどくなってきて、ついつい、継続性が感じられない場所のことを「デザインが弱い」とか、言うようになってその言葉を進化させていったほうがいいのか、新しい言葉を見つけなくてはならないのか、今、そこに強く関心がある。


時代はいつも、普段使われている言葉と意味を変化させ続けてきた。ファッションも、エコロジーも、環境も、物流も、スーパーマーケットも、かつらも、自転車も政治も農業も・・・・。

今、デザインという言葉は進化の途中にあるように思う。まったく新しい概念を表す言葉の発明も大切だけれど、すでに使い古された言葉を新しくしていくことは、とても重要で難しい。メディアはそれをときに無責任に遊ぶけれど、その言葉を使って生活をしている人々にとっては、すでに一般にも普及し、大方のイメージを持たれているそうした言葉の成長は、死活問題にも繋がる。


「あんなものをデザインと呼んでほしくない」と、よく思う。それがメディアを通じて、それを「デザイン」と広く紹介してしまうことで、みんながそれを「デザイン」と呼び、そういう行為を「デザイン」と説明してしまうからだ。

気難しく「概念」的にも語ってほしくない。学術的に高尚にされても困る。僕が育った名古屋は「デザイン都市宣言」をしているけれど、あんな品のないものがデザインと呼ばれて、宣言されてはたまらない。


みんながよく憧れるデザイン大国のスイスや北欧のそれは、根本的にそれがさす意味や成り立ちが違う。

メルセデスベンツはドイツの街並にもっとも似合うデザインだということに秘めた「デザイン」という言葉。今一度、じっくり考えてみんなで素敵に進化させたい。

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