彼らに「ニトリ」や「ユニクロ」を追いかけさせてはいけ…

2010年3月28日 14:20更新

デザインとビジネスをいつも考える。どのあたりのレベルのデザインと、どのあたりレベルのビジネスを組み合わせるか。短期に考えるか、長期に考えるか。景気を考えて実行するか、しないか。最近、よく考える。

デザインに限らず、巨匠になればなるほど浮世離れしたことを言う。彼らにとってのデザインは、とてもレベルが高い。それは当たり前だし、そうあってもらわないとなにかと都合が悪い。彼らはなるべくしてそうなった役のようなもので、その役目をあるときは演じてもらわないといけない。

かといって、彼らの言う事をなんでも鵜呑みにしていると、高くて良さそうなものだけが生まれて、日本国民がついてこれない。作り手がそういう先生とやるときは、その「どのレベルのデザインとビジネスを考えるか」のバランスがわかっていないと、とたんにいいことをやっているし、文化的でもあるのに、いっこうにものが動かず、廃番となってしまう。

イケアがいいかどうかは、それぞれの好き嫌いに任せておき、イケアが成功しているとしたら、それは「デザインとビジネス」、言い換えれば「デザイナーの使い方と生活者の買いやすい価格」のバランスのひとつの正解があるからだ。ユニクロもそう言える。

僕はこの両方とも大嫌いだけれど、成功のひとつの解としてやはり、評価せざるをえない。こういう正解を今後、もっと作り出す必要があると思うのだ。そして、そのどれかが、日本という国の「デザインレベル」を決定していくと思う。


問題をひとつあげれば、この「バランスをとる」人がいったい誰で、そういう人はどこで育てられているのかということですかね。

もちろん、理屈としてビジネス理論を勉強してデザインに臨んでもいいのだけれど、やっかいなのは、その「デザインに含まれている"夢"」をなかなか理解することが難しいと言うことのように思う。デザインは造形のことだけでも、機能のことだけでもなく、夢や希望や刺激や付加価値や、そして、経済を動かさなくてはならないから。

これはあくまで個人的なことだけれど、無印良品が今、そういうことと戦っているように感じる。別に僕がその筋の情報を持って思っているのではなく、なんとなくそう感じる。もっと具体的に言えば、破綻寸前で「売り上げ」と「デザイン」のバランスを日々移り変わる風向きを感じながら進むヨットのように想像する。

デザインの好きな人の中には、「日本のデザインの根底を底上げしたい」と思っている人も多い。僕もそれをいつも思っている。そして、日本の消費は流行という独特な突風が突然吹く。根底に「デザインへの文化的、歴史的な意識」が薄く、トレンドくらいに思っている人がほとんどだから、「正しいデザイン」をいくら説いても、大多数の日本国民は振り向きけれど、その次のアクションをしない。

そういう意味でいうと、無印良品は日本の宝だと言いたいし、彼らに「ニトリ」や「ユニクロ」を追いかけさせてはいけない。「安いデザイン」「安くていいもの」など、基本的にはあってはいけない。(と、これもある根付かない僕というデザイナーのレベルでの考えなのだが・・・・汗)


デザイナーが関わって、地場産業、伝統工芸となにかを作り出すケースのほとんどは、高価で生活提案の見えないものばかりだ。デザイナー側の理屈はわかるし、それに応えようとする作り手の熱意も本物だ。しかし、出来上がったものが「誰が買うのか」が見えない様子はその価格に現れ、その販売の継続時間は、日本の文化度そのものだ。


これから必要なのは、日本人にとっての「デザイン」の適正な正解のバランスを取れるひと。つまり、デザイナーと売り場と売り方と生活者への教育と若干のメディア操作とトレンドをコントロールできる人。今あげたことのバランスをとることで、日本のデザイン消費のひとつの解を生み出せる。ユニクロやイケアよりましな解を、一日でも早く見つけたい。もちろん、D&DEPARTMENT PROJECTはその解のひとつを目指している。

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