どんなにいいデザイナーやデザインも、土が悪ければ、い…

2010年1月26日 00:46更新

どんなにいいデザイナーやデザインも、土が悪ければ、いいデザインとは言えない。

最近、まるっと1週間、自宅にいられる週がなくなった。平均して2日か3日はどこかに行っている。

僕は自分のことを批判する人の気持ちが少しわかる。自分でも日本のいろんな県との関わり方や、具体的な問題解決への貢献など、まるっきり中途半端だからだ。メディアも利用するし、大して深くいろんなことに取り組めていない、という批判に。事実だから。

でも、だれにも負けないものがある。日本への僕なりの愛だ。普通は自分の出来ること、範囲、してもいいことなんかを常識的に考えて動くけれど、僕には残念なことに、常識を常識と深くとらえる能力が低い。僕のひらきなおった売りは「あまり深く考えないプロデュース」。「専門家ではないことによるディレクション」だ。細かなことには大いにこだわらない。全体的にいい方向に向かえば、それでいい。具体的な結果、報告書に書けるような結果ではなく、本を読み終わったときの読後感のような、残る印象。そんなことが持つ経済効果や、人を幸せにする効能に興味がある。

そういう観点で言うと、僕にとってデザインとは、「形のこと」ではない。デザインを「形のこと」と言っては間違えと言う話しではない。デザイン程、形を求められるものはない。形がないとデザインという言葉も使えない程に、デザインとは、形のことだ。しかし、重要なことは、それを産むまでのこと、その生まれた形のその後だ。デザインを産むための時間をつくる。これも大切な「デザイン」の一部だ。

まだまだ、そして、これからもはっきりすることのない「デザインを産むためのデザイン」について、僕は僕のやり方で10年目を迎える。

僕には代表作も学歴も受賞歴も高名な団体への所属もなにもない。なにか有力なデザインに関わった経験も実績もない。こんな僕が、毎日デザイン賞のような評価をもらったら、笑えるね。

どんなにいいデザイナーやデザインも、土が悪ければ、いいデザインとは言えない。今、すべきは土壌のデザイン。デザインが生まれるための畑や土をつくらないと、いけないと思っている。

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