明日は広島。D&D広島の物件候補を見に行く

2009年8月 5日 02:09更新

会社が倒産するのと、人が死ぬのは似ているような気がする。どちらも最終的には「気持ちのもちよう」だと思う。

死んだことがないのだけれど、不思議と死ぬ間際のことをイメージできる。気絶するような感じの後、自分の意識に問われる数秒感がある。雪の中で凍死してしまうときの、「寝てはいけない」みたいなことに近い。寝てはいけないとわかっていて、そこで自意識で踏ん張れば生き、寝てしまう選択を選べば死ぬ。死にそうってわかっている時に、踏ん張れる自分がいるかいないか。風邪と一緒でここは「気の持ちよう」な気がする。
気持ちの「気」は、人を離れて場にたまったりする。建物にいつまでも「気」残ったり、抜けきらなかったりすると、それは人にも影響する。
こんな話しを書いていると、ちょっとおかしな人のように思われるかもしれないけれど、世の中には「気」というものが存在すると、信じてみると、なんとなく思っていたこと、感じていて、理屈で説明できないことも、納得できる。
気持ちが落ちていると、人に伝染するし、活気も人の気を伝って、広まっていく。そう考えたとき、会社も人間の体と一緒で、倒産するという危機感への気持ちも、持ちようだ。
祈るという行為について、深く書いていくと、なにかそれこそ危ない人のように思われそうだけれど(僕は無宗教派)、祈ることは、意外と悪くない。宗派うんぬん問わず、つまりは「自分の気持ちの意識を集中させる」ことだ。思いを「思い以上」に伝えるには、最終的には祈るのも悪くない。
明日は広島。D&D広島の物件候補を見に行く。

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