2009年8月14日 11:48更新
時間のない中、取材をしているわけですが、その先々で「取材のあり方」について、話し合ってます。(笑) それは、「あの、雑誌の取材なんですけど」と、言った瞬間に立場がビシッと明確化されて、例えば、それまではお客と店員であったものが、ダラッと話しているうちに、友だちのようになっていって、なかなか普段では聞けない話しになったときに、こちらも立ち位置を明かさないとと思い、名乗るとそのいい距離感がもとに戻るどころか、マイナスに行ってしまうような感じがして、「媒体資料があったら下さい」とか「何ページ割いてくれるのか」とか、そういう策略的な話しになってしまう。
取材の話しではないのですが、東京から離れると、東京のシステマチックな面がとても感じられます。さっきの話しでいうと、田舎に比べると立ち位置はつねに明確で、責任の所在もとても明確にされている。仕事がその方がしやすいのは明らかですが、人間とやっている感じがなくなってくる。人間はとにかく面倒で、コンピュータ制御されているわけではないので、だらけるし、不安定だし、影響もうけるし・・・・。そういう都市だから仕方はありませんが、例えば、ここ、北海道にくると、その立ち位置はゆるやかです。
で、取材がひとつ終わり、仲間である3KGの佐々木さんに「取材って感じの取材だよね」とエゾアムプリンの時の僕と三浦さん(3KGのライター)に言うわけです。どうやら、東京の僕と、元じゃらんなどを編集していた三浦さんにとって、「取材する」という行為そのものに、固定概念が働いて、どうやらそれをしなくてもいいはずの所で、それをしてしまうことで、相手もそういうモードになってしまい、あまり楽しい取材にならないということでした。
東京流ってやつかなぁ。
旅先でよく耳にするこの言葉に、いままではピンとはきませんでしたが、目の前にいる「人」を恐れるがあまり、「人ではない」という前提の魔法をかけてしまう行為が、僕の中にあるのかもしれません。
昨晩遅く、ある道を走っていたら、店のような家のような、なんとも景色のいい場所に素敵な建物を発見しました。「あっ」とは声をあげましたが、予定もあり3人で眺めながら素通り。それを確かめようと、旭川から札幌に帰る途中、同じ道を走って発見。前に通った時と同じくらいの時間。店の様子も同じく閉店の気配。近づいてみるとハンバーガー屋さんでした。その立地があまりにもすばらしかったので、なんとか突然の取材というか、中に入りたい。すると、閉店した店の鍵をあけて、中を見せてくれるどころか、落とした厨房に火を入れ、メニューを持ってきてくれました。

もしかしたら、閉店したばかりだったのかもしれません。しかし、3人で感動したのはその立地や味もそうでしたが、「ひと」が「ひと」に接してくれたことでした。その時に「東京だったら、門前払いだよね」と言う会話も自然に出てしまいました。
合理的に、そうであろうルールでひとがひとを制圧することがあります。ルールだし、スタイルなんだからという理由で。
猛暑の中、開店を待って外にいるお客様を涼しい店内で待たせてあげることが、なかなか出来ない人間になってしまうのは、やはり、悲しいことですね。
24日まで、北海道におります。取材のあり方を考えながら。
北海道の情報など、なんでも下さい。ミクシィのナガオカケンメイに、メールを。