2008年12月 1日 19:03更新
そんな気持ちになった。来年からはじめる「D&DEPARTMENT桑沢プロジェクト」。桑沢デザイン研究所での僕のゼミについて、そのテーマを提出しなくてはならない期日となった今、いろんなことを考えているうちに、いやになってきた自分がそこにはあって、それを冷静に分析していくと、「いわゆるデザイン」「いわゆるデザイン教育」の中からなにかを探そうとしていることがわかった。あんなにわかっているつもりだったのに・・・・・。
デザイナーをしていると、デザインの中からデザインを探そうとしてしまう。それが嫌で店をやっているのに、デザインに異存してしまう。
デザインを教えるのに、デザインは必要だろうか。ますますそんな疑問がわいて来る。
今日、桑沢からカリキュラムに関する資料とともに、内田繁所長の著書が入っていた。カリキュラム資料としての内田さんの新しいデザイン教育の考え方のプリント(計8枚程)も、その本も、僕には難しすぎて嫌になった。これではデザインを教えることが嫌いになってしまう・・・・・・。
中学2年の時、僕は仲良しの女子と2人で放課後、歌を歌っていた。ゴダイゴはよく歌った。そのほとんどが英語の歌詞だったこともあって、おかげで英語にとても興味がわいていた。
カーペンターズも、オリビアニュートンジョンも歌った。どこからか録音したその曲のカセットをスピーカーに耳をあてて、ひとつひとつの単語をカタカナで書き出し、3時間くらいかけてまったく意味もなにもわからない歌詞を日本語化して、夕方になるとその完成した歌詞を持って、テープを最初にもどした。
伴奏が流れる。もう、うれしくてうれしくてたまらない。よし、英語で歌うぞ。と。
僕の夢を無惨にひきちぎったのは、まぎれもない、中学2年の時の先生だ。英語の。それまで、一生懸命にその分けのわからない英語歌詞を記憶し、見なくても歌えるまでになったとき、それは学年でも評判になっていて、誰かが、英語の授業が始まったときにその先生にこういった
「先生、ナガオカ、英語の歌、歌えるよ」。「あぁ、いいのよ、ナガオカ君は」・・・・・・。
先生はそういって授業をはじめた。それが今も僕の記憶に残っている。「あぁ、いいのよ、ナガオカ君は英語は1だから、その歌もデタラメだから」。先生はそう言いたかったのだろう。僕はそれからグレはじめた。もちろん、英語の授業も、そして、英語にも。
デザインの中からデザインを教えようとしたら、せっかく、なんとなく好きだと思っていたデザインの芽をつぶしてしまうかもしれない。
学校でデザインなんて教えたくない。デザインの楽しさはパソコンの中には絶対にない。そういうことを、どうやって生徒に気づいたもらうか。そこから考えはじめています。もう少しで来年のテーマを提出しなくてはなりません。
僕はデザインの持つ本質が好きです。そして、思うのです。デザインを学校で習っていなくて、本当に良かった。
基礎は習わなくてはなりませんが、その次は自由。そのときデザインはどうあるべきか。その時を迎えたみんなと、どうデザインを考えて行くか。
英語は1ですが、英語で歌う楽しさを知っている僕のデザイン授業ははじまります。