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稲荷湯

  1. 東京に在り続けてほしい、健全な伝統社交場。 都内に残るのは740余り、その代表的銭湯。料金は現在大人450円、深夜過ぎまで営業。
  2. 湯、桶から、目に見えない所まで、徹底して追求する品質。 浴場には富士山の爽やかなペンキ画、脱衣場の隅に灰皿、面して坪庭。必要な物を過不足なく揃え、掃除・管理が行き届いている。
  3. 顧みるべき、江戸文化としての銭湯。 大都市で日常のストレスの中に面白みを見つけ、文化にまで高めた江戸の粋。その代表・銭湯に学びたい、商売と暮らしの哲学。

江戸文化を繋ぐ、東京の社交場 1930(昭和5)年築の銭湯「稲荷湯」を訪れた日、大雨に降られた。小降りになるまで長湯しようとしたが、湯はしびれるほど熱い。真っ赤になっていると、「水でうめな」と常連らしきに言われて、うめて肩までつかりなおした。高い天井には換気扇なんてない。激しい雨音を遮って桶の音が響き、鏡越しに「ひどい雨だ」と誰かの独り言。斜め奥から、その相槌。天窓から雨が降り込んできたら、「今日は露天風呂よ」と陽気な声。銭湯には他人と触れ合う、その風情がある。「気持ちよくなって頂くことに手は抜けない。それでこそ商売」と、番台に座る四代目女将・土本紀子さん。肌触りがいい湯は、井戸水を薪の火で焚き、一度単位で湯加減を見る。桶はすべて職人による木製で、毎年正月の初湯に新しく取り替える。弛み、歪み、一つとしてない。そんな手間を当然のこととして、いちいち口にしないのが稲荷湯だ。銭湯が普及した江戸時代、ニューヨークの人口が約6万人で、江戸の人口は何と約120万人。住まいは狭いが、不足しがちな食料や生活用品は気軽に貸し借りする。困った時には助け合う。今の東京は物質的には困らないが、隣人の顔を知らないのも普通だ。だからこそ、江戸文化を振り返る必要がある。帰る時、雨はまだ強かった。「濡れて湯冷めしちゃいけない。傘あげるから、待って」と、女将さん。客の一人一人に心を寄せる、江戸の文化を繫ぐ、気持ちの本当に安らぐ場所だ。(空閑理)

※掲載情報は、『d design travel TOKYO』制作時点(2012年8月)のものとなります。