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桂樹舎が、”変えてきたもの”と”変えなかったもの”

2016年3月28日 公開

室町時代より続く和紙の産地、富山県八尾町。桂樹舎は、今もこの地で、手漉きによる和紙作りを続けています。大量生産・効率化を進める現代、手漉きによる和紙作りは、時代の流れと反対を行くようにも見えます。手漉きの和紙作りを、どうして続けることができるのか。その理由を、伺いました。

■目の当たりにした、桂樹舎の”手間ひま”
2015年の夏、私は富山県八尾町にある「桂樹舎」の工房を訪ねました。前の年、桂樹舎の吉田泰樹さんから聞いた和紙づくりのお話を聞いて、実際にその現場を見てみたかったのです。

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訪れたのは、6月。初夏の晴れ渡った空。日差しを遮るもののない川沿いを歩いて、桂樹舎に向かいました。

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ここが、「桂樹舎」です。建物は、古い小学校を移築したもので、中には世界中から集めた紙の工芸品を展示する資料館と、桂樹舎の商品を買える売店、そして喫茶店があります。(ちなみに、ここの喫茶店は、ハンドドリップの珈琲がでる、本格喫茶です。)工房は、この建物の裏手にあります。

声を掛けると、すぐに吉田さんが現れ、工房を案内して下さいました。吉田さんの後について工房に入ると、工房では、たくさんの女性達が働いていました。

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紙の原料であるコウゾに絡まるチリをひたすら手で取り除く人。
漉いた和紙を、手早く乾燥機で乾かす人。
和紙に糊を乗せる人。
絵付けをする人・・・。

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扉をあけて、次の部屋に移るごとに、たくさんの方が黙々と手を動かしていました。見せて頂いた工程だけでも、手間のかけように驚きます。しかも、私たちが見せて頂いた作業が、和紙作りのすべてではありません。原料を煮たり、型紙を作ったり、出来上がった和紙を加工したり・・・。もっともっと、多くの工程を経て、製品になるのです。

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■桂樹舎が、手漉きの和紙作りを続けてきた理由
工場を見学させて頂いて、いちばんに感じた事は、1枚の紙を作るのに想像以上にたくさんの人の手が関わっているという事。そして、「なぜ、こんなに手間ひまをかけたものづくりを、今の時代でも続けることができたのか」という新たな疑問が生まれました。

食べ物も、着るものも、何でも大量に、効率的に作られる事が当たり前になっている今、桂樹舎のものづくりは、それと正反対を貫いているように感じます。時代の流れと逆のことを、どうして続ける事ができたのか。それを知りたくて、今回のNIPPON VISION MARKET では、再び桂樹舎の吉田泰樹さんをお招きして、桂樹舎のものづくりを学ぶ勉強会を開催しました。

 20160328_d6(写真左上が、吉田泰樹さん)

桂樹舎のある富山県八尾町は、室町時代より続く和紙の産地でした。豊かな山と清涼な水に恵まれ、さらに越中売薬の薬包紙としての需要により、長く栄えた産地です。しかし、近代に入り、機械漉きが普及する中で次第に衰退し、今では、桂樹舎が、最後の手漉きの和紙工房となりました。

なぜ、桂樹舎の和紙作りは、近代化の中で残る事ができたのか。吉田さんは、その理由のひとつに「民藝」があると話します。

桂樹舎の創業者であり、吉田さんの父でもある吉田桂介氏は、民藝運動の提唱者・柳宗悦氏と交流し、民藝の考え方に強く影響を受けた方でした。民藝の考えに基づいて考案された吉田桂介氏のデザインは、時代に左右されない、力強いデザインで、桂樹舎のほとんどの製品に今も使われています。

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そして、民藝の繋がりから、民芸店向けの商品も作られ、和紙で作った箱や財布など、小物が作られました。

これが、第一の岐路でした。
八尾和紙の多くは、薬包紙などに使われる印刷用の紙がほとんどで、卸先も限られていました。したがって、多くの製薬メーカーが、八尾和紙から機械漉きの紙に切り替えたことは、産地にとって大打撃となったのです。しかし、桂樹舎は、「民芸店」という繋がりがありました。製薬メーカーの和紙需要がなくなった後も、民芸店向けの和紙の商品が、桂樹舎を支えたのです。

しかし、和紙は、和紙。どんなに手間ひまをかけたものでも、高く売る事はできません。民芸店に卸すだけでは、限界があります。

そこで、第2の岐路がきます。
デザインは変えず、製品の色を変えたのです。

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それまで、桂樹舎の製品は、民芸店向けの渋い落ち着いた色が主流でした。渋い色では、手に取って頂ける人が限られてしまう。そこで、デザインはそのままに、黄色や赤、ピンクなど、明るい色に変えていきました。

民藝の影響を受けた柄、鮮やかな色合い、そして「型染め」で染められた和紙は、民藝を知らない若い世代にとって、逆に新鮮に映り、セレクトショップや雑貨店での販売が増えて行きました。そして、今では、海外にまで広がっています。

■同じことを続けて行くだけでは、長く続ける事はできない
室町時代より続く和紙の産地にあって、桂樹舎自体は、そこまで歴史が長い工房ではありません。しかし、桂樹舎だけが、手間ひまかける手漉きと、型染めの技術を変えずに、八尾和紙の技術と素晴らしさを今に伝えています。

それができたのは、流行に流されてない力強いデザインと、時代に合わせて変えるべきところを変えていく柔軟な姿勢があったからのように思います。

しかし、時代に合わせて変化して行くとき、何を変えて、何を変えないのか。これが、一番大切で、難しい問題です。これは憶測ですが、桂樹舎の工房を訪ねて、今も、淡々と手間ひまをかけて作り続ける姿を見て、「自分たちの作るものへの自信」が根底にあるのではないか、と思いました。「和紙の良さ」「型染めの良さ」。自分たちの作るものの良さが明確で、「商売よりも前に」それをまず伝えていこうという思い。その軸があるからこそ、柔軟に変えるべきところは変え、変えてもなおブレないものづくりができるのではないか。

これから先、さらに時代が変われば、きっとそれに合わせて桂樹舎も、少しずつ何かを変えていくのでしょう。桂樹舎のものづくりに、これからも学んでいきたいと思います。


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