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立山の麓の窯元「庄楽窯」

2016年1月19日 公開

先日、庄楽窯の釋永由紀夫さん、陽さんの元を訪ねてきました。

富山市内から車で30分程。
丁寧に手入れされたお庭の先にギャラリーがあります。
ギャラリーには、由紀夫さん、陽さんの作品がずらり。

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「陶器と磁器と、綺麗に二分できないグレーなものも実はあり、それが越中瀬戸焼です」
と由紀夫さん。
非常にきめ細かい陶土を用いて1300度の高温で焼くため、
薄くて固い焼物ができあがります。
粒子のきめの細かさ、薄さは磁器の性質に近く、
越中瀬戸焼は陶器でも磁器でもあると由紀夫さんはいいます。

越中瀬戸焼の白磁は濁りがありません。
白土には鉄分が入っていないため、ピュアな白磁を作ることができるのだそうです。
実際土を見せていただきました。

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越中瀬戸焼の歴史はこの土が握っているといっても過言ではありません。
古くは平安時代から須恵器が作られていたそうですが、
貯蔵用の陶器が重宝された鎌倉、室町時代では、
土の性質上大物の需要に合った焼き物が作れなかったそう。

越中瀬戸焼と呼ばれるようになったのは、江戸時代前田家の保護と奨励により、
尾張瀬戸より陶工達が移り住み、本格的に作陶が始まってからのことです。
当時の憧れは、青磁や白磁。越中瀬戸焼の白磁は重宝されたといいます。
また焼物を税として納めることが許可され、農家の人も皆焼物をしていたそうです。
生きていくために、作物を育てる傍、焼物を作る。
作陶は作物を育てることと同様、生活の一部でした。

ご家族で庄楽窯を営む釋永さんご一家。
由紀夫さんは、小さい頃から焼物に囲まれて育ち自然と焼物に惹かれ、
中学生の頃には職人さんの元で焼物作りを手伝っていたといいます。
作陶が生活の一部にある様は、今も昔も変わらないのかもしれません。

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由紀夫さん、由紀夫さんの娘さんの陽さん、陽さんの息子のたろうちゃん。
たろうちゃんもいつか作陶を自然に始めるのかな?

越中瀬戸焼の歴史をお伺いした後、窯を見せていただきました。

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この窯は11年前に由紀夫さんが自作したもの。
28歳の頃からレンガを作っては溜め込み、50歳の時に作ったそうです。

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作り溜めたレンガの一部も見せていただきました。

この登り窯で、一年に2回、3日半かけて焼きます。
中国では、100工程に分けて職人を配置する窯もあるそうですが、
由紀夫さん曰く「人が作ったものなのに作り手の顔がイメージできない」。
釋永さんご一家の庄楽窯では土の採取から、登り窯の作成まで、全てご自身でされています。

直接貴重なお話しをお伺いして、ますます釋永さんのファンになり、
帰り際マグカップを購入しました。
他のスタッフも思い思いに徳利などを購入していた様子。

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早速帰ってコーヒーを淹れてみました。
マグカップを見る度に、由紀夫さんの顔や見学させていただいていた土、
登窯のことを思い出し、遠い昔の人々の暮らしに思いを馳せるのだと思います。
作り手や材料、さらには道具や機械など、
焼物ができあがるまでに携わったものがわかったり、想像できる。
物を使う側にとってこれ以上に嬉しいことはありません。

店頭では、由紀夫さん、陽さんの湯呑みや急須、鉢やカップなどをご覧いただけます。
陽さんのマグカップ、ラインカップも新たに入荷中!

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焼物は一点と同じものはないので、お好きなものに是非出会いにいらしてください。

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