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でんがく

愛知定食が出来るまで  〜1日目〜

2016年6月20日 公開

『4月25日(月)朝8時半 名古屋駅スタート』

名古屋駅太閤口を出ると、昨夜寝不足の目を、刺すような初夏の日差し。昨夜は「d travel岐阜」展、最終日に岐阜の焼肉店「ファンボギ」さんによる、「熟成肉を食べる会」が食堂で熱く開催されて、この会が(自分たちも学び多く、楽しく)出来たことを、誇らしく思い、少しほっとしたのも束の間、新幹線で名古屋に向かったゆえ、恒例の「富士山を拝む」のも忘れて、うつろな目のまま、レンタカーで出発した。d47食堂の料理人、岡竹は、岡山から法事を終えて参戦。ディレクターの相馬は、昨夜のファンボギさんとの打ち上げのまま?赤目で車に乗り込んだ。私(d47食堂 内田)は、名古屋生まれとはいえ、「愛知全域」となると、知らない地域も多く、私の運転に、同乗した二人は何度もヒヤヒヤしたことだろうが、久しぶりの名古屋から知多半島へ向かう道は、天気にも恵まれ快適だった。途中、何軒も見かけた「コメダ珈琲」の看板に、このあたりの喫茶店の多さを二人は実感。何度もモーニングしたくなるが寄り道せずに、初めに訪れたのは、白たまり、白だしを作る「日東醸造」。ノッケから「醸造」である。
愛知定食の事前ミーティングでは「やっぱ、味噌か」「名古屋飯とは何ぞや」「どうして、何でも一緒に盛りたがるんだ」「何?アメリカンとかイタリアンとかミラカンって?」と、名古屋生まれの私には、当たり前の食への半ば「疑い」とか「嘲笑」のような質問と、各自の推理が飛び交っていたから、
①醸造文化探訪をテーマに
②「お得」が好き
③謙虚なフリをするけど実は誇り高く、褒められると嬉しい
②③は、自分の中だけで裏テーマのように思って、同乗する二人には、この3日間の定食開発の道中で、実感してもらいたいと思っていた。


『日東醸造株式会社 蜷川社長に聞く“白たまり”』

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日東醸造株式会社の蜷川社長(三代目)は、「もし午前中にお越しいただければ、お話さしあげますよ~」とお電話で、気さくに応対いただいていたのだが、お会い出来てお話が直に伺えて良かったなあと思う方のお一人だった。白醤油と白たまりの違い、そして、白だしとも別物であることなど、わかりやすくお話しいただいた。

一般的に醤油とは
生産量の多いものから、
1濃い口醤油
2薄口醤油
3たまり醤油
4再仕込み醤油(山口県)
5白醤油

3のたまり醤油は、中部地方独特のもので、それゆえ、この辺はかつて、醤油のことをたまりと言ったそうだ。大豆に直接、麹をつけて仕込む、豆味噌(米を使わない)。600年ほどの歴史があり、この仕込んだ桶の上面に出来た液体が「たまり」。つまり、かつては1つの桶から2つのものが出来たということだ。今は、刺身や、うなぎの蒲焼きなど、旨みの濃さがいかせる料理に使われる。一方、5の白しょうゆは、金山寺味噌(小麦と大豆)の桶から出来るる。料理に色をつけたくない料理人が使い始めたところからきていて、主に茶碗蒸しや、吸い物、野菜を炊くときなどに使われる。この地域(三河地方)の白たまりは、まだまだ歴史は浅く20年位。出来た経緯が面白く、「白醤油」を作り始めた時代からは、材料が随分変遷してきたことが理由で、もう1度、昔の白醤油の味を取り戻したい、と始められた商品だという。ただ、途中、「大豆を一粒も使っていないと、それは醤油ではない」という法律上の意見と、お客様からの「名前なんてどうでもいいから、中身を変えるな」という支援の声に、「白たまり」が育てられた。

白たまり工場

 この「白たまり」。現在は、同じ愛知県の小麦を使い、足助町に蔵を作って、そこの水を仕込み水に作っている。これも時代の移り変わりとともに、できるだけ味を変えないための努力である。4ヶ月の熟成のもとに(白醤油はもっと熟成期間が短い)世の中に出て行く。あとあとになって、わかってくるのだが、この醤油やたまりを「何に使いますか?」と尋ねると、どこでも誰もが、「何にでも使ってます」と答える。私の家もそうだった。食卓には、「たまり」があり、それは、普通に家庭にとけ込んでいて、特別な調味料だと思ったことはなかった。蜷川社長は、この辺り(尾張、三河地方)醸造に向いている土地だと言う。小麦、米、大豆。材料が地元で調達できて、塩があった。(三河湾沿いにかつて塩田があった。昭和45年に全国の塩田が廃止になるまで)その土地に一番難なく出来るものが、その土地の調味料になっていく。なるほどなあ、そうだよなあ、そうだったんだよなあ、と感心するスタートになった。日東醸造さんは、白たまりのワークショップもやっていて、醸造ツアーも受けてくださるそうだ。食堂でも、是非勉強会をやっていただきたいなあ、と思いながら、醸造所をあとにした。


『どこに行っても“桶つながり”』
このあとも醸造を巡るのだが、3日間、伺った先々で驚いたこと。“桶つながり”。
食堂では今年2月、香川県小豆島のヤマロク醤油さんの醤油の仕込み桶を
食堂の店頭で展示させていただいていた。この木桶も、今では作れる職人さんが減り、大変貴重なもので
展示の期間中は、思いもよらぬ「木桶」関係者の方が、食堂を訪問してくださっていて、
こちらの日東醸造さんも、この「木桶つながり」で、私たち食堂のこともご存知だった。


『自分の感受性を確かめたくなる“たまりや料理店”』

迷い込んでいくような料理店の謎のご主人、石崎泰彦さん。dマークになる、という事前情報により楽しみにして伺う。が、「たまり」を使った料理を出す店、というイメージはなく、「地元の食材と調味料を使って、そして地元のゆかりのある人のレシピのものも」食べられるフランス料理店。つまり定食開発チームとしては、まさかの?大誤算!かと思いきや、サービスをしてくだる中川直美さんのおっとりした話し方に含められる確かな「そんなものは、イメージで地元の人は食べない」という名古屋コーチンの話や、「牛や野菜を育てて、海のものが豊富で、このあたりは、食材の宝庫」と話してくださる姿は、名古屋飯に代表されすぎている名古屋の食も、もとを正せば「何でもあって、何でもおいしくて、そんなに(調理法として)工夫しなくても、ちゃんと美味しく食べられる」という心意気を感じた。とにかくこの店の「図書室」で、一日ゆっくり過ごして、ご飯も食べて「茨木のり子」さんのチーズケーキを食べながら、マリアージュフレールの紅茶を飲み、ゆっくり出来る日が私にくることを祈って、次の学習?現場に向かった。


『三州三河みりん醸造元(株)角屋文次郎商店』

みりん人

社長の角谷利夫さんは開口一番、「ここは自然の恵み、野のもの、山のもの、海のものがある。豊かさがある」とおっしゃる。名古屋の街の子として育った私には、実感しずらかったが、今回、レンタカーで走ってみると、田畑に麦畑、牛舎があれば、もちろん鶏舎も。海沿いを走ることはなかったが、あたり前だが、愛知県には島も多ければ、南側は全部海岸線だ。全国一位を誇る(やっぱりすぐ誇ってしまう)大葉、冬キャベツ、フキ、いちじく、銀杏、うずら、牛(肥育)、愛知県は菊や、カーネーション、バラ、一大花き産地でもある。世界のトヨタで有名な工業生産県でありながら、その工業技術を生かした食品加工高を誇る県でもあるらしい。これは、最近の話ではなく、昔からその、農業生産量の高さから、それを更においしく食べるために、味噌づくりや酒づくりが盛んだったという。それゆえ、酒カスが生まれ、それを生かした酢や焼酎、みりんが江戸時代に盛んになった。少し余談ではあるが、お醤油を真似て作ったのが「ウスターソース」で、その有名どころとしてカゴメソースの名があがる。身近な調味料は全部愛知県!という調味料自慢・・・。できる県なんだなあ。

みりん材料

 角谷さんが博学で、話を聞いていると大学か何かで講義を受けているような心持ちになっていた。尾張・三河は気候が良く豊かであるから、京都の「引き算」の食文化とは異なり、「新鮮なものに、ちょっと醸造調味料を加えてやる」というから面白い。婿養子に入られた若旦那は、d47 design travel storeでお世話になっている五味醤油さんと、ご友人。やはりここでも醸造繋がりを感じることに。


『やっと逢えたね、味噌田楽“きく宗”』

でんがく小
碧南をあとにして、そこから一気、夕刻の高速を走り豊橋に向かう。車社会の愛知県では、このくらいの時間は、通勤で渋滞もしたが、何とか次の目的地の営業時間に間に合った。おそらく三人が今回最も楽しみに?期待していた「きく宗」に入れていただく。通された部屋は、個室というには、ちんまりしている感じが歴史を感じさせて、それが尚いい感じの個室。(というか、全部個室に近い)メニューは、ほぼほぼ、「菜飯田楽定食」のみ。運ばれてきた、名産の竹輪や、小鉢、単品の愛嬌の良さに、三人とも(空腹も手伝って)湧く。入り口すぐの待ち合いの椅子には、田楽を描いた座布団が敷かれていた。満腹でも、この椅子を見たらまた食べたくなってしまう、(私は、子どもの頃からの好物なのでより一層)忘れられない味だった。

きく宗いす


『終わらない愛知1日目』

豊橋からまた一気に宿泊先の名古屋に戻り、「グローカル名古屋」にチェックインする。初めての二段ベッド!ああ、目の前に睡眠への誘惑・・・三人とも、ややぐったりきており、このまま明日の打ち合わせをして就寝かっ?と思ってもおかしくない時間だったが、そんな甘ちゃんではない。

串かつ

「味噌もの、食べよう」と、21時すぎ。名古屋・栄の「串かつラブリー」へ向かう。串カツの名店は、もちろん他にも沢山あるのだが、串かつラブリーの「コの字」カウンターと、味噌おでん鍋と、働く人の気持ち良さと、周辺にある「YURI」(ジャズ喫茶)も含めた、あの辺りの雰囲気を二人に見せたくて、結局連れ回した。自分が、とても好きな場所だったから。ここでは、味噌おでん、味噌串かつ、そして日本酒をいただく。

ラブリー鍋

空閑編集長も合流。このあと、名古屋が誇るジャズライブハウスの名店「ジャズインラブリー」にもご案内する。串カツラブリー、ジャズインラブリー、ドナリーをご紹介したのち、一行は(ラブリーに感激して)勢い、「味仙」へ!となった。深夜12時である。


『今池味仙 本店、愛知だけどアメリカン&イタリアン』

味仙

栄から今池までは、たまたま「どらきち(ドラゴンズファン)」のタクシーの運転手さんが連れてきてくれた。自分がドラゴンズの監督だったら今日の試合は、こうだったああだったと唾がフロントガラスに飛んでいた。皆は圧倒されていたが、この街の普通、だと私は聞いていた。味仙でも、「アメリカン」「イタリアン」は、この店の普通、だ。解説すると、アメリカンは辛さ控えめ、イタリアンはその逆である。一行は、まるで、わんこ蕎麦のように、(でも咽せながら)この上ない辛さが癖になる、味仙の台湾ラーメンを堪能した。

台湾

この味仙本店が深夜まで営業する今池の街は、私にとっては、サブカルチャーの街だった。街の猥雑さは、野球ファンの溜まり場「ピカイチ」や、映画館やライブハウス、パチンコ屋やサウナ、昔っからの飲食店が混在して作り出している。1日目の夜、最後はそのライブハウス居酒屋、朝まで営業する「得三」へ。朝までとはいかないまでも、編集長、ディレクター、料理人の愛知号への、愛知定食への熱い想いや、食、音楽、落語の話を、朝を感じる頃まで語り合った一日目だった。(d47食堂 内田幸映)


この旅を終えて完成した定食は、d47食堂で2016年6月23日より期間限定でお召し上がりいただけます。
また、7月10日(日)には、愛知定食に盛り込みきれなかった愛知県の美味しいものを楽しむ会(要予約)を開催。ぜひご参加ください!