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d TOUR OKINAWAガイド 賀数仁然

2018年5月17日 公開

沖縄には日本の歴史とは全く異なる歴史がある。14世紀、日本で足利一族が優勢だった室町時代、沖縄ではそれまで3つの国だったものを、尚巴志が統一したことで「琉球王国」が誕生した。琉球は日本をはじめ、中国や東南アジアとの親交を深め、小国ながらも450年も繁栄するひとつの国として続いた。

そんな琉球王国の独特の歴史や文化を面白楽しく伝えているのが賀数仁然さんだ。今でこそ琉球歴史を語るのに欠かせない存在として、沖縄のラジオ番組への出演をはじめ、琉球歴史ドラマの監修や講演会、賀数さんと一緒に巡るツアーの開催、さらには歴史案内板に書かれていない歴史の面白さを収めた『さきがけ歴男塾1巻~開講の巻』の出版など、多方面で活躍しているが、元は全国的にも有名な某通信会社に10年勤めていた。琉球歴史への好きが高じて脱サラし、2009年に有限会社FECオフィスに文化事業部を設立。賀数さんのガイドで巡るツアーの企画や観光ガイドを始めた。その代表的なツアーが「首里城」。D&DEPARTMENT OKINAWA5周年ツアーでも「首里城 -450年続いた碧い国琉球のヒミツ-」として賀数さんと首里城を巡った。

 首里城は修学旅行や沖縄旅行の観光名所として、年間200万人以上の人が訪れる。とはいえ、ただ巡るだけでは琉球王国が当時何を大切に考え、どのように諸外国と親交し、政治を執り行ってきたのかは解りづらい。それでも賀数さんのツアーに参加すると、不思議と600年近く昔に生きた琉球人たちの、人間性に溢れた存在と、様々な思考錯誤と工夫を凝らしながらその時代を一生懸命に生きてきた暮らしぶりを感じられる。

 首里城への玄関口「歓会門〈かんかいもん〉」に掲げられた看板(正式には扁額〈へんがく〉)には「守礼之邦〈 しゅれいのくに〉」と書かれているが、実はその扁額は常設されているものではなく、客人に応じて交換されていた……とか、琉球王国を訪れた中国からの客人が絶賛した首里城の秘密や、琉球王国時代どのような言葉が使われていたかの考察、首里城敷内で最もパワーに溢れるとされる場所と、なぜそこが力漲る場所として大切にされていたのかなどを解説していく。ガイドを通して当時の琉球王国が諸外国とどのように親交を深め繁栄したか、時にずる賢ささえ感じられる琉球人の知恵を知れる。

 賀数さんのガイドの面白さは、その切り口にある。歴史の教科書のような正統派のガイドではなく、当時の暮らしぶりや考え方を垣間見られるテーマが多い。例えば琉球に伝わる「マジムン(妖怪)」や「琉球王国の中で力を持った女性」をテーマにしながら、琉球人の信仰や民俗的な風習を交えて伝えている。未だ解明されていない様々な疑問を、賀数さんの持つ知識と考察を交えて案内するのも興味深い。普段は何気なく通り過ぎてしまうような景色でさえ、賀数さんの案内でそこに歴史ドラマの光景が広がっていくのだ。

首里城だけでなく、沖縄各地に点在する、各地の按司〈アジ〉(領主)が居城した城跡や、国際通り、聖地として崇められた拝所や、墓地など、賀数さんが案内する場所は限りない。

 私はこれまで、賀数さんが案内する首里城ツアーに3回参加しているが、毎回新しい発見が増えて行くから面白い。一辺倒なガイドではなく、参加者の質問やその時の雰囲気に合わせて、ガイドの内容を臨機応変に自由自在に付け足して行く姿は、まさしく琉球歴史ガイドのエンターテイナーだ。自分たちの生きている今でさえ、歴史という大きな流れの一部だと感じさせてくれる。

d design travel編集部47情報担当/d NEWS OKINAWA編集部   松崎紀子